イバラノミチ


〜2〜

 豪炎寺が立っていた。
 噴き出す汗をタオルで拭っていても、表情はどこか涼しげだ。
 豪炎寺の古巣、木戸川清修の西垣によれば、「チーム全員が
真夏の特訓でへたばった時も、豪炎寺だけ一人涼しい顔をして
いた」そうで、
「それから暫く、皆あいつのことは『絶対零度』って呼んでた
んだぜ」
と笑っていた。
 悪口ではない。サッカーに関しては恐ろしくストイックな
豪炎寺への賞賛だった。
 その並外れたストイックさから、他人についても無関心と思わ
れがちな豪炎寺だが、実は人一倍、周囲を思いやっていること
を、風丸は知っている。
 かつて、サッカーと陸上の間で風丸が悩んでいた時、真っ先
に風丸の異変に気付いたのは、豪炎寺だった。
 風丸は、首を振った。
「何でもない。少し休んでいただけだ」
 豪炎寺は片眉を上げただけで、無言だった。
 それきりクラブハウスに入るかと思いきや、回れ右して風丸
の隣に立つ。グラウンドを見下ろすようにして、言った。
「悪くない盛り上がり方だ」
「このチームか?」
 頷いた。
「フットボールフロンティアからお互いを見知っている奴も、
そうじゃない奴も、皆認め合っている。こればかりは、時間の
長さには比例しない。一年同じチームで顔を合わせていたって、
まとまらないことだってある」
 普段の豪炎寺は無口だが、その分、口にする言葉には重みが
ある。いい面子が揃ったと言いたいのだろう。
「全員が、白ならな」
 無意識に口にして、はっとした。豪炎寺がこちらを見ていた。
「妙な奴が、混じっているのか」
 声が険しい。
 豪炎寺は数ヶ月前、宇宙人を装った男たちに妹を人質として
取られた。幸い無事に警察に保護されたが、豪炎寺の中では、
いまだに苦い思いが残っているはずだった。
「風丸。お前、何か……」
 声が途切れた。顔を見合わせる。
 何だ、この感覚は。
 産毛がそそけ立つような、嫌な気配。
 以前にも、これと似たような感覚があった。帝国学園と戦っ
た時、世宇子戦のさなかにも──剥き出しの殺気だ。
 ──円堂くんが、危ない。
 夏未の声が耳に甦り、風丸は円堂の姿を探した。
 いた!
 彼は、ゴール前で、立向居と何ごとか話し合っている。
「円堂ッ!」
 駆け出そうとした、その時、
「風丸!」
豪炎寺が叫んだ。振り向いた鼻先に、サッカーボールが唸りを
上げて飛んで来た。
 咄嗟に飛び退ったが、ほっとする間もなく、またボールが襲
う。同じ方向から、今度は二つ。
「クソッ!」
 一つを風丸が、もう一つを豪炎寺が蹴り返した。
「何なんだよ……!」
 顔を上げ、固まった。
 ボールが正面に迫っていた。
 逃げようにも、体勢を立て直す余裕がない。
 視界の端で、豪炎寺が起き上がるのが見えた。だが間に合わ
ない。


                              (続く)



2010.9.5
豪炎寺初めて書きましたが、書きやすいです。この人。
円堂よりはるかに。