イバラノミチ


                〜2〜

 日本チームの練習場にあてがわれたのは、首都圏から車で東
に1時間ほどのところにある、市営サッカー場だった。
 かつてはプロチームの本拠地として使われ、その後も高校サ
ッカー選手権の予選や天皇杯予選にも使用されている。
 それだけに施設は充実していて、規模は小さいながら、夜間
照明は4基、隣接するクラブハウスには宿泊施設まであった。
 そのクラブハウスの正面玄関に立ち、風丸は練習風景を眺め
ていた。
「行ったぞ!」
 敵陣深く蹴り込まれたボールを追って、青いユニフォーム姿
の少年たちが走る。
 狙い済ましたように、ボールは右前線を走る豪炎寺に渡った。
 すかさず、白のメッシュベストを着けた敵チームが阻む。厳し
いプレス。
 強引に切り込むかに見えた豪炎寺が、突然、ヒールでボール
を後方に戻した。
 中央に走り込んだヒロトへの絶妙なバックパスだった。
「流星ブレード!」
 咄嗟に戻れないディフェンダーの穴を突いて、ヒロトが打っ
たシュートは、まっすぐゴールに向かって突き進む。
 キーパーは円堂だった。
 腰を落とし、半身の構えで溜め込んだ力を右手に集中する。
「マジン・ザ・ハンド!」
 気迫と、それだけではない衝撃が、離れて立つ風丸にまで伝
わった。
 大きな掌に、ボールが吸い込まれたかのようだった。掴まえ
たボールを掲げ、円堂が笑う。
「いいぞ、ヒロト!もう一回だ!」
 マジン・ザ・ハンドもゴッドハンドも、正義の鉄拳も、円堂の
必殺技は全て、祖父、円堂大介の遺したノートにあったもの
だ。
 必殺技だけではない。一見むちゃくちゃに見える練習方法も、
そこから円堂が拾い出したのだ。
 ──すごいもの、見つけたんだぜ!
 あれは確か、幼稚園の頃だ。やけに興奮した顔つきで、円堂
はそう言った。
 何を見つけたのかと訊くと、「あのな」と円堂は言いかけ、そ
れから、うーんと唸って黙り込んだ。
 ──ごめん、やっぱり、まだ秘密。でも、いつか絶対、風丸
にも見せるよ。爺ちゃんの形見なんだ。
 あれが多分、ノートだったのだろう。
 祖父は、遺品のノートを通して、孫に自分のサッカーを伝えた
のだ。
 だがそれを、快く思わない人間がいる。
 影山。
 風丸は、今は目の前にいない、痩せた男の顔を思い出した。
 ──影山の駒が、チームに紛れている。
 夏未の電話から、1ヶ月近くが過ぎていた。
 その間に、日本チームはアジア予選を勝ち抜き、本選へと出
場を決めた。が、侵入者の手がかりは一向に掴めていない。
 円堂には知らせるなと、夏未は念を押した。
『お祖父様のことも含めて、はっきりするまでは、言わない方が
いいと思うの』。
 四六時中傍にいる円堂に気付かれないよう動くのは、骨が折
れた。それに、全員、仮にもここまで一緒に戦って来た仲間だ。
疑いたくないという気持ちもある。
 本当に、侵入者など、いるのだろうか。夏未の思い違いとい
うことはないのか。
「どうした。怪我でもしたのか?」
 突然、声を掛けられ、風丸は我に返った。


                              (続く)



2010.8.31
書きながら、風丸って忍びの格好させたら似合うよね、と一人で
納得していました。あえてここは「くの一」で。
BASARAのかすがちゃんの格好とかどうでしょ?