イバラノミチ


〜1〜

 夏未の声がする。
『ごめんなさい。どこにいるかは言えないの。知ってしまった
ら、あなたにも危害が及ぶかもしれないから』
 すっと首筋が冷たくなった。危険なのは円堂だけではないと
いうことか。
「判った。居場所はいい。ただ、何を調べているのか、俺に何
を頼みたいのか、それを教えてくれ」
 ふと、夏未は風丸の返事を見越して、連絡して来たのかもし
れない、と思った。
 悔しいが、その読みは当たっている。円堂に関わることだと
言われれば、風丸に選択の余地はない。
『ありがとう』
 夏未は礼を言い、それから、躊躇うように少し間を置いた。
『調べていたのは、円堂くんのお祖父様についてよ』
「大介さんの?」
『円堂大介は、生きているかもしれない』
「……!」
『そういう情報が入ったの。理事長と私のところに。それを確
かめるために、私は日本を離れた』
「それで?確かめたのか?」
『まだ、断言は出来ないわ。でも、かなり高い確率で、生きて
いると思う』
 風丸は額に手を当てた。少し混乱している。
 円堂大介は、40年以上も前に、事故で死んだ。
 そう円堂は言っていた。
 円堂は母親からそう聞かされて育ち、母親もまた、それを信
じている筈だった。
 最近になって、事故ではなく殺されたのかもしれない、とい
う情報が、刑事からもたらされたが、それでも「死んだ」とい
う事実に変わりはなかった。
 その円堂大介が、生きている。
 それが本当なら、いくつもの疑問が湧いて来る。
 一体、これほどの長い間、どこにいて、何をしていたのか。
 警察や関係者の必死の捜索にも関わらず、見つからなかった
のは何故か。
 そして──これが一番の疑問だ──何故、生きていると名乗
り出なかったのか。
 待っている家族が、いるというのに。
 まるで風丸の考えを読んだように、夏未が言った。
『もし、生きているとしても、自分からは出て来ないでしょうね』
「どうして」
『自分の命を狙った相手に、もう一度殺してくれと言うようなもの
だもの』
 夏未が言おうとしていることが、漸く判った。
 40年前、命拾いをした大介は、死んだと見せかけて身を隠
した。
 家族にすら事実を伝えなかったのは、暗殺者の手から、自身
と家族を守るためだ。
 暗殺者、あるいは、それを雇ったのは、
「影山か」
 大介を謀殺しようとした男、影山零治は、今もサッカー界に
身を置いている。
 それだけではない。40年が過ぎてなお、円堂大介への憎し
みは、彼の中でより激しく、大きく、育ち続けている。
 確かに、名乗り出るのは自殺行為だ。
『私とお父様が、この情報を手に入れたのと同時期に、別の、
それも複数の場所で、同じ情報が流れた』
 妙に淡々とした口調で、夏未は言った。
『隠す必要がなくなったのか、それとも、何らかの理由でリー
クさせたのかは判らない。ただ、これだけは判る。情報を掴ん
だのは、私たちだけじゃないってこと』
 はっとした。
 夏未が電話を掛けてきた理由に、思い至ったのだ。
「雷門、お前が俺に協力しろと言ったのは、もしかして……」
『もう既に、敵は動き始めてる。今度こそ、円堂大介と──
ただ一人、彼の才能を受け継ぐ者の、息の根を止めるために』
 息を呑み、耳を澄ませた。
 何も知らずに眠る、円堂の息遣い。そこに、夏未の声が被っ
た。
『イナズマジャパンに、影山の駒が紛れている。それを、探し
出して欲しいの』
 風丸は、携帯を強く握り締めた。


                              (続く)



2010.8.25
大介さんがキリストなら、影山はユダ。