イバラノミチ


                 〜1〜


 携帯が振動している。
 毛布の中で、風丸は首を巡らせた。バイブレーションの音は、
床に脱ぎ捨てたままのパーカーから聞こえている。風丸の携帯
だった。
 誰だろう。枕元の時計は、午前二時を示している。こんな時
間に電話をして来る相手がいただろうか。
 首に絡まる円堂の腕を、起こさないようにそっと押しやり、
ベッドを抜け出した。
 服を拾い上げ、携帯を取り出し耳に当てる。
「……はい」
 潜めた声で応答すると、
『久しぶりね』
ざらざらとしたノイズに紛れ、女の声がした。警戒しながら、
風丸は訊ねた。
「どなたですか」
『あら、ほんのひと月聞かなかっただけで、私の声を忘れた
の?』
 急に音が明瞭になった。その声と口調で、漸く判った。
「雷門か」
『そうよ。思い出してくれるまで、随分かかったわね』
 相手は、雷門中サッカー部のマネージャーで、理事長の一人
娘、雷門夏未だった。
 エイリア石の一連の騒動の後、突然、彼女は英国に留学した。
以前から、決まっていたことだったらしい。「らしい」というのは、
夏未から直接聞いたわけではなく、彼女を空港まで見送りに
行った円堂と秋から聞いた話だからだ。
 風丸は窓に寄った。
「雑音が酷くて、よく聞こえなかったんだ。それに、誰がどんな
電話を掛けてくるかも判らないからな。特に、今は」
 ほっと、夏未は息を吐いた。
『副キャプテンは、さすがに慎重ね。世界大会に向けて、今は
合宿中なんでしょう?』
「誰かから聞いたのか?」
 風丸は、眉を顰めた。外国にいる夏未が、どうしてそれを知
っているのだろう。
 秋も春菜も、夏未と連絡がつかないと気にしていた。だから、
彼女たちが情報源とは思えない。
 そもそも、
「日本は今、午前二時だぞ。こんな時間にどうしたんだ?それ
に、どうして俺なんだ?」
『順に答えるわ。一つ目の質問の答、情報網はどこにでもある
のよ。二つ目、こんな時間じゃなきゃ話せないから。三つ目、
あなたに関係があるからよ』
「俺に?」
『そう』
 夏未は一拍、間をおいた。
『正確には、あなたが何より大事に思っている彼──円堂くん
に』
 どきりとして、反射的にベッドを振り返った。風丸がいた場
所に左腕を投げ出す格好で、円堂は眠り込んでいる。
『円堂くんには、今はまだ、知らせるわけにはいかないの。
さすがにこの時間なら、寝てるでしょう?』
「……俺にどうしろって言うんだ」
『協力してちょうだい』
 ぴしりと夏未は言った。
『彼を助けたいなら、私に協力して。このままだと、円堂くん
が危ない』
「危ないって、どういうことだ。円堂が、誰かに狙われてるの
か?お前、留学なんて言って、本当はどこで何をしているんだ
……!」
 はっと口を噤んだ。背後で、円堂が寝返りを打つ。起こして
しまったかと思ったが、またすぐに寝息が聞こえ、風丸は息を
吐いた。


                              (続く)



2010.8.16
女子マネ4人の中では、夏未嬢がダントツに好きです。