イバラノミチ


「お前をここに匿った人間がいるだろう。仲間じゃないのか」
「確かに彼らは助けてくれた。だがそれは、彼らにそうするだ
けの理由があったからだ。私を助けることが、彼らの得になる。
そういうことを、君の雇い主は話さなかったのか」
 女はまた無言になった。
「金のためなら、人を殺す理由など要らないか」
 今度は、女は怒らなかった。冷ややかに、大介を見下ろした
だけだ。
 その目を見返し、大介は訊いた。
「では、君が契約した以上の金を、私が払うと言ったら、どう
する?」
「どういう意味だ」
「私が、もっと高い金で君を雇う。可能かね」
 女は顎を引いた。申し出の意図を読み取ろうとしているよう
だ。
「やってもらいたい仕事があるのだ」
「雇い主を殺せと?」
「そうじゃない。人殺しをさせるつもりはない。話を聞くなら、
その被り物を取ってくれ。どこの誰とも知れない人間とは話せ
ない」
 女は少し躊躇っていたが、目出し帽に手を掛け、脱いだ。
 20代後半の、浅黒い肌をした女の顔が現れた。化粧気はない
が、鼻の高い、ノーブルな顔立ちをしている。切れ長の目は、
灰色だった。
 ひっつめた褐色の髪を整えて、きちんと化粧をすれば、見違
えるほど綺麗になるだろう。
「どこの出身だね」
「それが話に関係があるのか」
「ことによれば」
 女は、南太平洋の、ある島国の名を口にした。
「『オフショア』か」
 女は頷いた。
 「オフショア」は、直訳すれば「沖合い」だが、課税を免除
される租税回避地「タックス・ヘイヴン」を指す言葉でもある。
 本来は、税金がかからないことから、国際物流の中継地とし
て利用されていたのが、徐々に様相を変え、暴力団やマフィア
などが犯罪で得た金を洗う、マネーロンダリングに使われるよ
うになった。
 女の出身国も、そんなオフショア・ブラックリストに載って
いる国の一つだった。
 冷めた口調で、女は言った。
「例え悪いことだとしても、生きる手段がそれしかなければ、
仕方がない。ろくな天然資源も、産業もない国だ。嫌だと言え
ば、国は倒れ、国民は飢え死にする」
「人殺しを請け負うのも同じかね」
 一瞬の間をおき、女は答えた。
「そう、同じ。生きていくため──金を手に入れるための、手
段に過ぎない」
「そうか」
 大介は確信した。
 出来る。
 もうずっと前から自分の中にあった、ある計画が、今、はっ
きりと形を取っていた。
 今ならば、可能だ。あるいは、今を逃せば、もう二度とチャ
ンスは訪れないかもしれない。
 大介は言った。
「私が君を雇う。生きていくために、私に協力しないか」
「私を雇って、何をしようと言うのだ」
「私は私の目的を果たす。君は──君の国は、新しい糧を手に
入れる」
「新しい糧?」
「そうだ。犯罪に手を染めることも、マフィアに口座を開く必
要もなくなる。まったく別の、何の負い目もない、新たな『産
業』だ。興味はあるかね?」
 女の灰色の目が、食い入るように大介を見詰める。それが、
ふいと逸れた。
 長身を折り、床に落ちた銃を拾い上げる。
「私を雇った男は、極めて老獪で、疑り深い。私のことも、
本心では信じていないだろう。殺していないものを『殺した』
と言ったところで、たちまち見抜かれる」
 女は再び、大介に銃を向けていた。
 大介は、不恰好な消音装置の付いた銃を見、それから女へと
目を移した。睨み合い、そして言った。
「……そうだな。私の知っている男も、確かそういう人間だっ
た」
 妙に落ち着いた心持ちだった。
 トリガにかかった指に、力が篭る。
 弾丸が吐き出される、その瞬間も、大介は決して目を閉じな
かった。


                              (続く)



2010.7.31
この時点で大介さん30代後半くらいでしょうか。
イイ感じのお年頃ですね。