プラトンの嘆き


 何が起きたんだ?
 ベッドから天井を見上げながら、円堂守は、もう幾度目かの
自問自答を繰り返した。
 寝る前に、何か変わったことがあったろうか。
 ない。
 食堂で夕食を取り、合宿中は日課となっているミーティングを
済ませ、風呂に入って、歯を磨いて、自室に戻って腕立て伏せ
と腹筋を百回ずつ。
 それから、ベッドに入った。
 何一つ変わらない、普段どおりの夜だった──と、思う。少な
くとも、円堂が起きている間は。
 俺が寝てから、何があった?
 豪炎寺か鬼道あたりに訊けば判るかもしれないが、真夜中に
叩き起こすのは気が引ける(明日が怖い)し、第一叩き起こした
くとも、円堂自身、身動きもままならない。
 円堂は、かろうじて動かせる首を右に巡らした。
 暗闇に慣れた目が捕えたのは、青い髪の毛だった。癖のない
まっすぐな長い髪。
 今度は左を向いた。緩く跳ねた赤毛が見えた。
 やはり、何度確かめても間違いない。
 右、青い髪──風丸。
 左、赤い髪──ヒロト。
 何がどうしてこういうことになったのかは、さっぱり判らないが、
ともかくも、風丸とヒロトが、円堂のベッドで寝ている。これが事実
だ。
 左右の腕が動かないのは、二人が円堂の両腕を枕にしている
せいだった。
 状況を確認したところで、円堂は天井に向き直った。唇をへの
字に曲げて、考える。
 さて、どうしたもんか。
 豪炎寺たちの不興をかうまでもなく、この二人を起こして、人の
ベッドで何やってんだと問い質せば済むことだ。それは判ってい
る。
 にもかかわらず、行動に移せないでいるのは、あまりに現実味
がないからだ。
 だって、どう考えてもおかしいだろう。
 眉が八の字になるのが自分でも判った。
 二人が女の子ならともかく──いや、女の子だとしても十二分
におかしいが──男が男のベッドに潜り込んでるんだぞ。それも
二人も。
 ベッドが一台しかないとか、ここが雪山で、ひっついてないと
凍死しちまいそうだとか、やむにやまれぬ事情があるわけでも
ない。一人一台ずつベッドは用意されているし、ここは温暖な
稲妻町だ。
 やはりこれは、寝惚けて見ている夢か、あるいは、この二人
が申し合わせて、俺をからかおうとしているか、そのどちらか
に違いない。どうしてそんな真似をするのか、理由は判らない
けれど。
 そう考えると、ますます起こしづらくなった。
 自分が寝惚けているなら、大騒ぎするのはいかにも間抜けで
恥ずかしいし、からかわれているなら、まんまと乗せられたみた
いで、これまた癪に障る。
 どうしたもんかと悩んでいると、もぞりとヒロトが身じろいだ。
形の良い鼻先を、円堂の胸に押し付けて来る。
「おい!」
 今度は風丸が、ころんと寝返りを打った。温かな寝息が耳朶
をくすぐり、心臓が大きく跳ねた。
「お前らなあ……!」
 慌てて身を浮かしかける円堂の首に、するりと白い腕が巻き
ついた。風丸。
 左脚に、ひんやりと細い脚が絡みつく。ヒロト。
 二人にぎゅうっと挟まれ押しつぶされて、円堂は、暗闇の中、
唸り声を立てた。


                              (続く)



2010.5.15
円堂×風丸も好きだし、円堂×ヒロトも好き。
というわけで、円堂×(風丸+ヒロト)です。
前後編でお送りします。