『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


 「どうだった?」
 冬の夕暮れは早い。完全に陽の落ちた街を二人並んで駆けな
がら、三志郎(弟)が三志郎(兄)に尋ねた。
 背負った揃いのディパックの中で、筆箱やら教科書やらが飛
び跳ね、カタカタと音を立てる。
「どうって?」
 兄が問い返した。
「不壊。一緒に買い物してる間、つんけんしっ放しだったか?」
「不壊が?ううん、全然そんな感じじゃなかったぜ。食材のこ
ととか、色々教えてくれてさ。すっげェ楽しかった。話しやす
いよな、不壊って」
「ふぅん……」
 腑に落ちない顔をする弟に、兄は太い眉を上げた。
「何だよ」
「不壊の奴、俺にはずっとツンツンしてたくせに……」
 言いながら唇を尖らせる。苦笑いして、兄は聞いた。
「そっちはどうだった?フエ、ずっと本読んでて話もしなかっ
たんじゃねェ?」
「いや。俺が行った時、ちょうどガラスで指切っちまったとこ
ろでさ。血止めもしないでぼんやりしてるから、手当てしてや
って、俺が代わりに皿洗いしたんだ。その間、結構色々話した
ぜ」
 今度は、兄が憮然とする番だった。
「フエの奴、怪我のことなんて、何も言ってなかったぞ」
「話す暇がなかっただけじゃ……」
 言い掛け、三志郎(弟)はニヤリと嗤った。
「フエ、実は俺のこと気に入ってたりして」
「何だよ、それ!」
「フエってあんまり笑わねェじゃん。でも、二人っきりの時は、
ちょっと笑ってくれたりしてさ。優しいよな、俺が何言っても、
絶対馬鹿にしねェしよ」
「それは……!」
 むきになりかけた兄の目が、きらりと光った。すかさず反撃
に出る。
「不壊が、お前より俺がいいって言ったら、どうする?」
 弟の顔色が変わった。
「そんなこと、不壊が言うわけねェだろ」
「判んねェぜ?俺がスーパーで手掴んで引っ張っても、何も言
わなかったしよ」
「てめェ……!」
 家並みが途切れ、広いバス通りに出た。これを越えれば、旅
館『多聞亭』は目と鼻の先だ。
 信号待ちで足を止めた。どちらも殆ど息は上がっていない。
 忙しなく行き交う車を横目に、三志郎と三志郎は睨み合った。
こんな時、なまじ同じ顔だから余計に忌々しい。
「もういい!」
 先に切れたのは、短気な(注:多聞比)弟の方だった。兄の
顔に指を突きつけ、叫ぶ。
「もう絶対、お前に代打は頼まない!不壊に手ェ出すな!」
「そりゃ俺の台詞だ!そっちこそ、フエに手ェ出すんじゃねェ
ぞ!」
 歩行者信号が、青に変わった。二人同時に鼻からフンと息を
吐き、そっぽを向いて歩き出す。

 むかつく兄貴だ。
 むかつく弟だ。

 不壊は絶対渡さねェ。
 フエを渡してたまるもんか。

 ──でも。

長い横断歩道を渡り終え、多聞亭が見えて来たところで、
「でもさ」と弟が言った。
「手ェ出さないって誓うなら、たまに代わってやってもいい」
「恩着せがましい言い方すんな。素直に代わってくれって言や
いいだろ」
「……お前だって不壊と遊びたいくせに」
「……お前はフエと遊びたいんだな」
 勿論、自分の不壊(フエ)が一番だが、もう一人のフエ(不
壊)も正直気になる。出来ることなら両方欲しいが、目の前の
コイツがいる限り、そうもいかない。
 ならば。
 お互い合意の下に、時々取り替えっこすればいいじゃないか。
 頭の中身もよく似た双子は、立ち止まると顔を見合わせた。
同じ顔が二つ、にぃっと笑う。
 傍らを行き過ぎようとしたサラリーマンが、その光景にぎょっ
としたように身を引き、目を擦った。
「決まりだな。次の買い出しは、フエと一緒にお前が行け。
今度は補習なんかに引っ掛かるんじゃねェぞ」
「任せとけって。お前は、不壊と一緒に店番な。買い出しに行
けない理由を考えとけよ」
「ルールは一つ。お互いのフエと不壊には手を出さないこと。
ルール違反は即、退場。店に1ヶ月出入り禁止だ」
「フエには余計なことを言うなよ」
「不壊にもな」
 協定締結。
 ごつんと拳をぶつけ合い、三志郎たちは、灯りの点った旅館
の門扉を潜った。飛び石の配された小径を進み、母屋の玄関を
引き開ける。
「「ただいまあ」」
 からからと音を立て、引き戸が閉まった。
 誰もいない庭先を、北風に散らされた枯葉が二枚、舞い飛ん
でゆく。
 多聞亭からカフェに向かって不穏な風が吹き始めたことを、
フエと不壊は未だ知らない。


                               了



2007.10.10 UP
双子話、これにて終了です!
お付き合いくださいまして、ありがとうございましたv
う〜ん…兄ちゃんsは、この年にしてスワッ●ングの妙を(以下自粛)