『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


 カウンターを挟んで、双子の兄がいる。
 背格好は似たようなものだが、顔や口調は、これっぱかしも
似ていない。
 性格はもっと似ていない。頭に『クソ』が付くほど生真面目
で、たまに腹が立つほど冷静だ。不壊ならば「面倒臭ェ」「つま
らねェ」「冗談じゃねェ」の三点セットで蹴っ飛ばすような事柄
と、日がな一日向き合っていることもある。きっとこういう奴が
針の無い糸で釣りをするのだろう。
 双子といえど、かように違う。
 客がいなくて暇な時、フエは大抵本を読んでいる。
 ある時、何をそんなに熱心に読んでいるのかと覗き込んだら、
『ローマ人の物語』だった。一週間たっても二週間たっても、
本のタイトルは変わらず『ローマ人の物語』だった。
 一体、一冊にどれだけかかっているのかと思ったら、巻が違
っていた。二週間前は18巻で、一週間前は23巻で、その日は26巻
だった。一度読み始めたら腰を据えて楽しみたいので、出来る
だけ長い物の方が良いのだそうだ。
 以来、表紙を覗くのをやめてしまったので、『ローマ人の物
語』が果たして何巻まであるものなのか、不壊には判らない。
 判っているのは、きっと自分は一生、『ローマ人の物語』には
手を出さないだろうということだけだ。
 双子といっても、それほどに違う。
 三志郎たちがフエと不壊の前に現れたのは、今年の春先のこ
とだった。
 それから色々あって、不壊は三志郎(弟)に、フエは三志郎
(兄)に、それぞれ口説かれ攻められ振り回されて陥落したわ
けだが、フエが辿った道程は不壊の道程の倍ほども長かった。
 何しろ、三志郎(兄)は、フエを攻め落とすために三ヶ月も
居間のソファで粘ったのだ。
 当時は、頑張る三志郎(兄)を、子供ながら見上げた根性だ
と内心感服しつつ眺めていたものだが、本当に見上げた根性の
持ち主だったのは、フエの方だったのかもしれない。
 よくまあ三ヶ月もあんな攻撃を食らい続けて、取り澄ました
顔でいられたものだ。氷の心臓でも持っているのではなかろう
か。
「……」
 例によって読書中の『取り澄ました顔』を、不壊はじっとり
と睨んだ。そうしながら、先刻の三志郎(兄)の声を思い出し
た。
 ──俺がお前と一緒に居たかったからに決まってんじゃん。
 ──不壊のことも、大好きだぜ。
 くらりとした。その眩暈に任せて、カウンターに突っ伏す。
額が当たって、ごつんと音を立てた。
 きっと、向かいではフエが、何事かとこちらを見ているだろ
う。
 何も聞くな。何も言うなよ。
 今、声を掛けられたら、余計なことを喋ってしまいそうだ。
 こちらから粉をかけてこそいないけれど、あの時、三志郎
(兄)に吸い寄せられてしまったのは事実だ。そんな話、おく
びにも出せないが。
 小指の先ほどの罪悪感に、胸が疼いた。こっそり三志郎(弟)
に謝る。ついでに、目の前の兄にも謝った。
 そうして、誓った。
 二度と、三志郎(兄)と買出しになど行くものか。こっちは
フエと違って、氷の心臓など持ち合わせていない。
 双子だけれど──ことほどさように違うのだ。


                       (続く)


2007.10.4 UP
すっかり間が空いてしまいました(汗)
次でこの話もラストです。