『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


ふぅん、と三志郎は感心したように頷いた。
「フエも、色々考えてやってんだな。カフェの仕事のことなん
て聞いたことなかったから、全然知らなかったよ」
「あいつは自分から喋りたがらないだけで、聞けばちゃんと答
えてくれるぜ。今からでも店に戻って、聞いてみたらどうだ?」
「うん。買い物が終ったら、そうするよ」
 そう言って、三志郎はまたメモに目を落とした。
 どうあっても、荷物持ちのお役目をまっとうするつもりらし
い。
 シナモンスティックって何だ?と首を傾げる三志郎に、不壊
は言った。
「律儀だな」
「へ?何?」
 きょとんとして、三志郎が振り返った。
「律儀だって言ったんだよ。これはお前が約束したことじゃな
い。弟に頼まれただけなんだろう?断りゃ良かったじゃねェか。
どうして、引き受けたりしたんだ?」
 三志郎が、目をぱちぱちさせる。不壊の顔を、じぃっと見詰
め、それから思いがけないことを言った。
「不壊は、俺が付いて来てメーワクだったか?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、いいだろ」
 不壊から、籠を取り上げる。代わりに、メモを不壊の手の中
に押し込むと、三志郎は、にいっと笑った。
「俺だって、嫌なら引き受けてねェよ。そりゃあ、あいつに頼
まれたからってのもあるけどさ。俺が、お前と一緒に居たかっ
たからに決まってんじゃん」
 その瞬間、不壊の頭の上を流れていた『そりすべり』が消え
た。
 スピーカーの故障ではない。音楽は変わらず同じ音量で流れ
続けている。
 不壊の耳に、届かなくなったのだ。
 無音の空間に、三志郎の声だけが響く。
「俺はフエが好きで、フエの作る飯が好きで、あの店に通って
るけど、不壊のことも大好きだぜ?」
 何か言うより早く、空いた右手を掴まれた。弟の三志郎の、
丸っこい手とは違う。掌は硬く、意外にも指が長かった。
 黙る不壊を、三志郎が見上げる。
「シナモンスティックとかいうやつで最後だっけ。買い物が終
ったら、途中でたこ焼きでも買って帰ろうぜ。そろそろ三志郎
も来てるだろうから、お土産に」
 手を繋いだまま、歩き出す。
 親子でも兄弟でもない、奇妙な二人連れの姿に、ちらちらと
好奇の視線が向けられたが、それすら不壊は気付かなかった。
 あの堅物(注:フエのこと)が落ちたのも無理はない。この
飾り気のなさ、下心の欠片も感じさせない言動は、フエが最も
苦手とするところだ。もろに右ストレートを食らったようなも
のだろう。
 そして──忌々しいことに、こんなところばかり双子らしく
似ているのだ──フエの弱点は、不壊の弱点でもある。

 ──俺が迫ったわけじゃないからな!

 胸の奥で兄に言い訳をしながら、不壊は三志郎(兄)の手を
キュッと握り返した。
 BGMはいつの間にか、『そりすべり』から『ホワイトクリス
マス』に変わっていた。
 まだ、不壊の耳に、音楽は戻って来ない。


                       (続く)


2007.9.16 UP
そしてめでたく不壊も落ちました…ちょろ!(苦笑)