『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


 自分の仕事を誰かに代わってもらうことに、フエは慣れてい
ない。普段やりつけていることなら自分でやった方が早いし、
人に頼むとなると、相手に気を使って、かえって疲れてしまう
ので、ついつい自分で片付けてしまうのだ。
 不壊は、フエのそういう気性を知っているので、よほどの事
がない限り、フエの仕事には手も口も出さない。
 だが、目の前のこの少年は、そんなフエの心情など知らない。
例え知っていたとしても、お構いなしだろうが。
「三志郎、あのな……」
 皿を洗う手は止めず、横顔で三志郎は言った。
「不壊もフエも、俺にはどっちも大事だからな。放っとけねェ
んだよ」
「……」
 ぐらりと体が傾いた。
 吸い込まれた。今度は確実に。
 
 ──すまん、不壊。
 
 謝りながらも、胸の奥底で弁解した。

 ──粉をかけたのは、私じゃないからな。


                 × × ×


 夕方にはまだ少し早い時刻だったが、それでも買い物より顔
馴染みとのお喋りが目当ての主婦や、夕飯までの『繋ぎ』を買
い込む子供たちで、スーパーは混んでいた。
 買い物リストに並んだ細々とした品物を、三志郎(兄)は
居並ぶカートの間をはしこくすり抜け、次々に不壊が手にした
籠に放り込んで行く。
「卵2パックに、ベーコンだろ……あと、何だこれ?さん……
さんおん……?」
「三温糖。砂糖だ」
 不壊は、長い体を折り、陳列棚の最下段から茶色っぽい砂糖
の袋を一つ、取り上げた。
「白いのじゃ駄目なのか?」
「精白された砂糖より、ミネラルが多いんだ」
 物珍しそうに見ている三志郎に、不壊は袋を手渡した。
「白くて綺麗なのは、それだけ何度も精製されているってこと
だ。その時に、必要な物まで一緒に削ぎ落としちまってるんだよ」
「玄米みたいなもんか。うちの爺ちゃんは、白い米より体にいい
からって、玄米ばっかり食ってるぜ」
「そうだな。うちの店じゃ、料理に使うのは大抵これだ」
 自分たちで食材を買い出しているのには、そういう事情もあ
った。ルートで配送されて来る品物は、確かに安いが、吟味し
て買うことは出来ない。
 調理全般を担当しているフエは、食材に殊更気を使っている。
口に入るものは、皆、薬にもなれば毒にもなるのだからと、
オーガニックだロハスだと世間が騒ぎ出すずっと前から、野菜
といえば無農薬だったし、遺伝子組み換え食品など、もっての
ほかだった。
 どうせ軽食しか出さないのだし、調理してしまえば判りはし
ないのだから、安い輸入物の野菜でもいいじゃないかと不壊は
思うのだが、面と向かって言ったことはない。
 料理するのはあくまでフエだ。人の仕事にとやかく口を出す
のは、好きではない。


                       (続く)


2007.9.13 UP
はい、フエが落ちました(笑)