『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』
「そんなに、一緒にいたいのか?」
「不壊と?そりゃあ、いたいよ」
今更どうしてそんなことをと言いたげに、三志郎は大きな目
を瞬いた。
「一つ、聞いてもいいか」
「うん?」
「あいつの、何をそんなに気に入ったんだ?」
一度、聞いてみたいと思っていたのだ。
皮肉屋で面倒臭がりで愛想無しで──フエも人のことは言え
ないが──およそ子供に好かれるタイプとは思えないのだが。
「何をって……」
サンドイッチを摘む手は止めず、もぐもぐと口を動かしなが
ら、三志郎は首を傾げた。
「そんなの、考えたこともねェから判ンねェよ。……でも、初
めてこの店の前通りかかって、不壊を見た時、何つうかかこう、
素通り出来ない感じがしたんだよな。見つけたーッ、ていうか、
よっしゃあ!ていうか、そんな感じで……ああ、やっぱ上手く
言えねェや」
苛々とグラスを取り上げ、音を立ててジンジャーエールを飲
み干す。
その様に、フエは微笑した。
三志郎は、自分の口下手加減をもどかしく思っているようだ
が、端で聞いている分には十分過ぎるほど十分だ。
要は、一目惚れだったのだ。不壊に聞かせたら、泣いて喜ん
だことだろう。
新しいウィルキンソンの栓を抜き、空いたグラスに注いでや
りながら、フエは言った。
「今からでも遅くないから、追いかけたらどうだ。まだ買い物
の途中だと思うぞ」
喜び勇んで飛び出して行くかと思ったのだが、
「いいよ、別に」
意外なほどあっさりと三志郎は応え、指に付いたからしマヨネ
ーズをぺろりと舐めた。
いつの間にか、皿は空になっていた。多聞兄弟の早食い対決
は、弟の方に軍配が上がりそうだ。
「ごちそうさまでした」
殊勝らしく手を合わせ、それから、三志郎はフエを見上げた。
「お前が怪我してるのに、一人で置いて行けねェじゃん」
こうしている間にも、客が来るかもしれないし、折角客が来
てくれたって、その手で水仕事は無理だろうし──だから俺に
任せとけ、と、三志郎は反らした胸を叩いた。
その笑顔と台詞に、一瞬吸い込まれそうになって、フエは慌
てて目を逸らした。
いけない。飲まれそうだ。
『粉をかけるな』と言い残して行った弟の顔が目の前をちら
つく。
「……たいした怪我じゃない」
「遠慮すんなって」
フエが張った予防線を、遠慮と取ったのだろう。三志郎は、
すとんとスツールから降りると、これまた家での仕込みのお陰
か、手早く使い終えた食器を重ね、カウンターの中へ運び込ん
だ。
おもむろにブルゾンの袖を捲り上げる。
「何をする気だ?」
「皿洗い。その手じゃあ、無理だろ?」
一応問いかけの形は取っているものの、三志郎は既にスポン
ジを握っている。
その強引さに、フエは困惑した。
(続く)
2007.9.11 UP
今頃、もう片方のペアは何をしていることやら…。