『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


「何ぼっとしてんだよ。血、出てるじゃねェか!」
 叫ぶなり、フエに飛び付き指の付け根を抑える。傷口と床の
惨状を見て、「ガラスかぁ」と顔を顰めた。
 自分自身とその双子の兄が、揃って生傷が絶えないせいで
慣れているのだろう。その後の三志郎の行動は素早かった。
 勝手知ったるフエの店とばかりに、奥の棚から救急箱を引っ
張り出して来て傷の手当てを済ませると、フエを座らせておい
て、自分は床の破片を片付け始めた。
「慣れてるな」
 あらかたガラスを掻き集め、仕上げのモップ掛けをしていた
三志郎は、その言葉に手を止め振り返った。
「まあな、家で散々手伝わされてるから」
 三志郎たち兄弟の家は、ここから歩いて十分ほどの駅前で、
『多聞亭』という旅館を経営している。三代続く立派な老舗で、
欅の一枚板の看板を掲げた数寄屋造りの建物は、フエも何度か
前を通りかかって見知っていた。
 手伝いもせずに遊び歩いて、といつも母親に拳骨を食らって
いると三志郎たちはぼやいていたが、なかなかどうして、手際
は悪くない。
「よっしゃ、終わった!」
 モップ片手に頭を上げた三志郎を見て、フエは立ち上がった。
「何か作る」
「いいよ」
 慌てて三志郎が止めた。
「お前、手に怪我してるじゃねェか。俺も腹減ってねェし……」
と、そこで腹がぐうと音を立てた。
 赤くなる三志郎に背を向け、フエはカウンターの中に入った。
「怪我した指を使わなければいいだけだ」
 濡らしたり、むやみに力を入れたりさえしなければ、どうと
いうことはない。
 冷蔵庫からハムとチーズ、それに洗ったレタスを入れたタッ
パーを取り出す。先刻、もう一人の三志郎に出したのと同じ、
サンドイッチを作ってやることにした。
 食べ物を見てしまっては、我慢もきかなくなったのだろう。
三志郎は、素直にスツールに飛び乗った。カウンターから身を
乗り出すようにしてフエの手元を覗く姿は、さながら『お預け』
を食らわされた子犬のようだ。
 出されたサンドイッチに「頂きます」とすかさず手を伸ばし
ながら、三志郎は尋ねた。
「あいつ、ちゃんと不壊に付いて行った?」
「ああ。荷物持ちだそうだな」
 自分の分のコーヒーを淹れながら、フエは尋ね返した。
「そう。俺が補習で捕まっちまったからさ、代わりに頼んだん
だ」
「不壊は要らないと言っていたが?」
「俺にも言ったよ。一人で大丈夫だから、付いて来なくていい
って」
 それはそうだろう。軽食用の食材など、さほど重い物ではな
いし、せいぜい買い込んでも一週間分だ。抱えきれない量では
ない。
 三志郎も、それは判っている筈だった。
 それでも付いて行くと言い張った理由など、一つしかない。


                       (続く)


2007.9.8 UP
アニメ版と漫画版のペアをそれぞれ入れ替えてみました。