『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


「折角行ってくれると言うんだ。連れて行けばいいだろう」
「お前は、いいのか?」
 今度は、不壊が睨まれる番だった。なまじ綺麗なだけに、険
を含むと凄みを帯びた顔になる。
 フエが低く問い返した。
「どういう意味だ?」
「別に。お前が構わねェなら、俺はいいけどな」
 泡だらけの手に包丁が握られているのを見て、不壊は立ち上
がった。怖い怖い。
 壁に掛けておいたコートを羽織ると、待ちかねたように三志
郎がドアを開いた。
「どこまで行く?ここから一番近いスーパーだと……」
 表へ飛び出して行く少年を追おうとして、不壊は「そうだ」
と振り返った。
「うちのが来たら、何か食わせてやってくれ」
 洗い物に戻ったフエは、シンクから顔も上げずに応えた。
「判った」
「……粉かけるなよ」
 ガチャン!
 足元にグラスが投げつけられた。
 不壊は素早くドアを閉めた。

                × × ×

 溜息一つ、フエはモップを取ると、カウンターを出た。
 床に、割れたグラスが飛び散っている。客が来る前に片付け
てしまわなければ。
 まったく余計な仕事を増やしてくれたものだと、フエは舌打ち
した。自分が投げつけたことは、とりあえず棚上げである。
 屈み込み、大きな破片を拾い集める。椋材の床を見回すと、
冬の午後の弱々しい陽光に、ちかりちかりと煌く細かな破片が
見えた。
 ──粉かけるなよ。
 かけるものか。
 色情狂じゃあるまいし、顔が同じだからといって、たかだか
11やそこらの子供にそうそうよろめくわけがない。
 大体、子供は苦手なのだ。
 無遠慮で強引で、世間知らずな生き物。
 これから大人になりながら世間を知って行くのだから、それ
でいいじゃないかと言う者もいるが、フエに言わせれば、ちっ
とも良くない。無知も立派な罪だと思う。
 三志郎──兄の方──が、特別だったのだ。
「……痛ッ!」
 考え事をしていたのが悪かったのか、ガラスで指を切ってし
まった。右の人差し指。
 見る間に傷口から赤い液体が盛り上がり、ぽつんと床に落ち
た。
 顔を顰め、指の付け根を押さえた時、ドアがさっと開かれた。
 鼻先で、暖房に暖められた空気と冷たい外気が混じり合う。
 どこから走って来たのか、息を切らせ、少年が不壊を見下ろ
していた。
 後ろ前に被った赤いキャップと、硬そうな癖毛。太い眉に、
大きな目。よほど寒かったのか、鼻先が少し赤い。
 三志郎と同じ顔をした、もう一人の三志郎──弟の方──は、
まだ弾んだままの息の下で、
「不壊は……」
と言いかけたが、そこでフエの様子に気付き、息を呑んだ。


                       (続く)


2007.9.6 UP
ツンデレ度合いは、不壊(アニメ)<フエ(漫画)だと思います。