『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


 最初に、カフェを開こうと言い出したのが、双子のフエと不壊
の内どちらだったのか、今となっては定かではない。
 二人とも、特にカフェ経営に興味があったわけでもなければ、
料理が得意だったわけでもない。
 兄弟揃って、仲良く一つ所に住むこと。
 まっとうな仕事に就くこと。
 老い先短い自分のためにも、出来る限り近くで生活すること。
 その三つが、早くに亡くなった両親に代わってフエと不壊を
育ててくれた町内会長が、独立する二人に出した条件だった。
 にゅうっと突き出した鼻のせいで、『大天狗』などという珍妙
なあだ名を付けられている彼は、確かに齢70を越す老人であっ
たが、『老い先短い』とは、不壊は露ほども思っていなかった。
 フエの方はと言えば、顔の筋肉一筋動かさず、神妙な様子で
町内会長兼養父の話を聞いていたが、きっと同じ事を考えていた
だろう。
 老い先長い証拠に、老人は二人にそんな条件を出した三ヵ月
後、文字通り舌の根も乾かぬうちに、突然ハワイへと旅立った。
短期の旅行などではない。
 自然に満ち溢れ、心が洗われるような場所で余生を送りたい、
と、ハワイ島に別荘──しかもプール付き、ミニゴルフコース
付きだ──を買ったのだ。それはそれは充実した余生が送れる
ことだろう。
 老人の、そんな人生設計など当時は知る由もなかった双子は、
出された条件に添うべく、考えに考えた。
 転勤もなく、通勤にも困らない。そして、養父の住む、この
町から離れずに続けて行ける、まっとうな仕事といったら。
 ──何でも良いから店を開こう。自分たちの店を持とう。
 間もなく、『店』は『カフェ』になり、兄弟は自分たち二人だ
けで、カフェをオープンすることに決めた。
 多々言動に問題のある養父ではあったが、それでも、フエと
不壊を過保護なほどに溺愛していたのは間違いない。二人から
話を聞くなり、自分の持っていた土地の一部を兄弟名義にした
上、上物を建てる資金まで、無期限無利息で、ぽんと貸してくれ
たのだ。
 あの日から今日に至るまで、さっさと金を返せと老人が不壊
たちに迫ったことは一度もない。
 相変わらずピンシャンとした声で、たまに国際電話がかかっ
て来るから、ボケたわけでもなかろうし、おそらく初めから、
二人にくれるつもりだったのだろう。
 尤も、「くれると言うなら遠慮なく頂く」弟・不壊と違って
生真面目な兄・フエは、いつか返済出来るように、こつこつ金
を貯めているかもしれないが。
 そんな経緯で、この店はオープンした。
 素人商売でも、手堅くやっていればそこそこ客は入るもので、
はたと気付けば1年が過ぎ、3年、5年と店は生き残った。
 平和で退屈な日常に、そろそろ飽きて来た11年目の半ば。
 二人の平穏な日々は、呆気なくぶち壊された。
 今日のように、唐突に店に飛び込んで来た、もう一組の双子
によって。


                       (続く)


2007.9.2 UP
大天狗の爺ィは町内会長(資産家)です。
今頃はアロハ着て、グリーンでパターゴルフやってますよ…。