『CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU』 


 年代物のサイフォンが、四人掛けのカウンターの内側で、心
地良い音を立てている。
 誰が淹れても同じ味になる、失敗知らず手間要らずの流行の
マシンではなく、あえてこの古めかしい器具を選んだのは、
フエの方だった。
 どうせ買うなら便利な方がいいだろうに、と不壊は思い、そ
う口にもしたのだが、
「誰にでも淹れられるコーヒーなら、わざわざ店で飲む必要も
ないだろう」
と、フエが頑として譲らなかったのだ。
 結果、『手間暇かかった美味いコーヒーが飲める店』として、
それなりに常連客も付いたのだから、無口で頑固な『兄』の目
論見は当たったと言っていいだろう。
 サンドイッチを作る手を止め、その『兄』は、サイフォンの
ランプを外した。
 吸い上げられ、上のガラス球の中で音を立てていたコーヒー
が落ちる。
 カウンターテーブルで頬杖を付きながら、その様を眺めてい
た不壊に、フエが尋ねた。
「飲むか?」
「飲む」
「ホットか?……それとも」
「アイス」
 すかさず冷えたグラスとアイスペールが出て来た。
「……作ってくれるんじゃなかったのか?」
「暇なんだろう。自分でやれ」
 それきり、また黙々とパンと具を重ね始める。不壊は渋々氷
に手を伸ばした。
 仕方がない。もうすぐ、時間だ。
 不壊がアイスコーヒーを作り終え、フエが七組目のサンドイ
ッチにナイフを入れた頃、壁時計が三時を報せた。
 と、同時に、店のガラス扉が開いた。
 冷たく乾ききった冬の大気と共に、子供が一人飛び込んで
来る。
 赤白のブルゾンと、カーキ色のハーフパンツ。前後ろにかぶ
ったキャップからは、硬そうな髪がはみ出している。
「ああ、腹減った!フエ、何か食わせて!」
 開口一番、少年はそう叫んだ。
 肩に引っ掛けていたディパックを床に放り出し、不壊の隣の
スツールに、ぴょんと飛び乗る。不壊を見て、「よう、不壊」
と日焼けした顔で笑った。
 真冬でも汗の匂いがしそうな野生児。
 多聞三志郎──兄の方──だった。


                       (続く)


2007.8.31 UP
いよいよ双子ネタスタートです。
10月の本発行までの、短期集中連載にする予定です。