2×2〜 繋いで手〜



 長い脚をけだるげに組み替えると、不壊は続けた。
「俺たちがガキの頃、大天狗の爺ィの世話になってたことは知
ってるな」
「ああ。知ってる」
「ああいう人間だから、敵も少なくなかった。そういう敵の一
人が、俺たちに目を付けたんだ」
「お前と、フエ?」
 不壊は頷いた。
「血縁でもないのに引き取られた、しかも双子と来てる。爺ィ
が黙っていたって、噂は広まるさ。たまたま、フエと俺、二人
で出かけた時に、あいつが攫われた」
「誘拐されたのか」
 口にした言葉の重さに、自分でぎくりとした。初めて聞く話
だった。
「……それで、無事だったのか?」
 不壊が冷ややかな目をした。
「生きてるんだから、無事に帰って来たに決まってんだろ」
 そうだった。三志郎は咳払いした。
「で、犯人は?捕まったのか?」
「いや、捕まらなかった。フエはずっと目隠しされていて、犯
人の顔を見ていなかったし、攫った連中も、爺ィへの『嫌がら
せ』くらいのつもりだったんだろう。割とすぐに解放されたん
だ。人ごみの中で」
「人ごみ?」
「人の多い場所ってのは、犯罪に向かないように思えるが、逆
に、目に停まる確率は低くなる。雑踏ですれ違った相手の顔を、
兄ちゃんは覚えてるか?」
「覚えてない。そうか、そういうことか」
「犯人は、家から100キロ近くも離れた、夕方の混み合うスーパ
ーに、あいつを置き去りにしたんだ」
 飄々とした不壊の口調の中に、僅かだが、苦いものが混じっ
た。
 不壊にとってフエは、たった一人の肉親──それも、双子の
片割れだ。長い時を経ても、犯人への怒りは収まっていないの
だろう。
「じゃあ、その、フエのトラウマってのは……」
「人ごみ、特に夕方のスーパーなんかは、苦手中の苦手だろう
な」
「ちょっと待てよ!」
 三志郎は、さっき不壊が眺めていたカレンダーを振り返った。
 今日は1月31日。毎月末日は、いつも利用しているスーパー
の、特売日だ。
「やばいって!あの店、月末はメチャクチャ混むんだぞ!」
 一度、近所のおば様連中にもみくちゃにされた経験のある
三志郎は、二度と行かないと心に決めている。
 どうしても末日に買い出しが当たってしまった時は、少し遠
くても別のスーパーに行くか、コンビニで間に合わせて来た。
「まあ、クソ真面目なフエのこった。遠くの店までわざわざ行
って、時間を無駄にしたりはしないだろうな」
「それが判ってて、何でお前、押し付けたりしたんだよ!」
 不壊は、肩を竦めた。
「いつまでも、引きずっていて良いもんでもないだろう」
 そうか。
 その台詞で、三志郎にも漸く判った。
「……わざと行かせたのか?トラウマを治すために?」
「ああいうのは、風邪や怪我と違って、そう簡単に治せる代物
じゃない。適当に折り合いを付けて、乗り越える方が早いんだ
とさ」
 事件の後、大天狗に呼ばれてフエを診察した医師は、そう不
壊に言ったのだそうだ。
 ──結局、最後は自分自身との闘いだがね。心から信頼出来
   る誰かが支えになることで、案外あっさり乗り越えられ
   ることもある。君がそうなのかもしれないし、家族では
   ない、別の誰かかもしれない。……友達とか、恋人とか。
「あっちの兄ちゃんが付いているんだ。何とかなるだろ。少なく
とも、フエは信頼しているようだしな」
 頬杖をついた不壊の横顔を、三志郎は見詰めた。その一見冷
たそうな横顔の下には、温かい素顔が隠れている。
 きっと、もう何年もの間、不壊は双子の兄を見守って来たの
だろう。
「何、ニヤついてんだよ」
 不壊が三志郎を振り向き、眉を顰めた。
「何でもない。好きだぜ。不壊」
「いきなりどうした」
「いいだろ。俺が、言いたかったんだからさ。……あ、帰って
来た」
 ガラスのドアの向こうに、二つの人影が映った。三志郎(兄)
とフエだ。
「ただいま……っと、と!」
 開いたドアの向こうで、慌てたように、二人が手を離すのが
見えた。


                            了



2010.10.14
というわけで、双子シリーズ、買出し話でした。
頂いたリクエストでは、「兄ペアの話」ということでしたが、
弟ペアも登場させてみましたv
碓氷様、こんな感じで、いかがでしょうか〜?