2×2〜 繋いで手〜



「お前は無事だったんだな」
「無事って、何が?」
「テスト。大体いつも、似たような成績だろう」
 スーパーに向かう道すがら、並んで歩きながら訊ねると、三
志郎(兄)は「ああ」と、決まり悪げな表情をした。耳の脇を
ぽりぽり掻く。
「クラスが違うから、あいつの方が、二時間テストが早かった
んだよ。俺は、どこが出るか教えてもらって、前の時間にこっ
そりそこだけ勉強してさ。お陰でギリギリセーフ。もし俺のク
ラスが先だったら、追試は俺の方だったろうな」
 どこが出るか判っていて、ギリギリだったのか。本当に成績
が危ないのは、弟より兄の方かもしれない。
「うわぁ、混んでるな!」
 三志郎が頓狂な声を上げた。目を上げて、フエも息を呑んだ。
 スーパーの前に出されたワゴン台に、黒山の人だかりが出来
ている。客の九割は中高年女性だ。
「すみませーん、それ取ってください!」
「押さないで!商品は十分にあります!押さないでください!」
「ちょっと、通して!これじゃ中に入れないじゃないの!」
 押し合いへし合いする客の両脇で、弾き飛ばされそうになり
ながら、へろへろと赤いのぼりがはためいている。白く染め抜
いた文字を、三志郎が読み上げた。
「『月末大安売り』。そっか、だからこんなに人が多いんだ。
うちの母ちゃんなんか、真っ先に突っ込んで行きそうだな。
……どうかしたのか、フエ?」
 つい、ぼんやりしてしまった。フエは首を振った。
「何でもない。さっさと買い物を済ませよう。あの二人だけ
じゃ、店が心配だ」
 スーパーの中は、表ほどではなかったが、それでも普段の倍の
客入りだった。しかも、広いフロアのそこかしこにセール品が積
み上げられ、歩きにくいことこの上ない。
 そんな中、三志郎のすばしこさが役に立った。
 目の色変えてセール品を物色する客や、障害物よろしくラン
ダムに現れるセール品の間を器用にすり抜け、ポーションミルク、
ジャム、マスタード──と、次々に獲物をかごに放り込んでゆく。
「あとは、砂糖だけだな。三温糖って言ったっけ?茶色っぽい奴。
あれがいいんだろ?前に、不壊と一緒に来た時に聞いたぜ」
「ああ、あの時……」
 去年の秋、珍しく不壊と兄弟喧嘩をしかけたことがあった。忘れ
もしない、喧嘩の原因は三志郎兄弟だった。
 後ろめたいような腹立たしいような、少々わだかまりの残る一件
だったので、それきりフエも不壊も互いに触れないようにして、
三ヶ月が過ぎた。
 無論、三志郎たちは知らない。フエと不壊が険悪になりかけた
ことすら気付いていないだろう。
「不壊はフエのこと、よく判ってるみたいだった」
 急に、三志郎が思いがけないことを言い出して、フエは首を傾
げた。
「体にいい食材はどれか、すげェ考えてフエは選んでるんだって
言ってた。俺は口下手だからあんまり上手く言えないけど、何か
ちょっと、フエのこと自慢してるみたいだったな」
「……自慢?」
 それはないだろう。身内自慢など不壊が一番馬鹿にするとこ
ろだ。フエについては貶しもしないだろうが、褒めもしない。せい
ぜい、そのあたりだ。
「さて、と」
 三志郎が、手にしていたかごをフエに渡した。気合を入れ直す
ように、後ろ前にかぶっていたキャップを正位置に戻す。
「三温糖ゲットして来るから、フエはここにいてくれ。こんな
人ごみじゃあ、動くのも大変だからな。どこにあるか、棚の場所
は判ってるから、俺一人で行って取って来るよ」
 待ってろよ、と言い残し、三志郎は果敢に人の群れに突入して
行った。
 改めて周りを見渡し、フエは溜息を吐いた。


                            (続く)



2010.10.10
あ、今日はゾロ目だったんだ…(10年10月10日)