2×2〜 繋いで手〜


「あ」
 戸棚を開け、フエは声を上げた。
「「どうした?」」
 大きな声を出したつもりはなかったのに、二重奏で訊ねられ
た。三志郎兄弟が、カウンターに身を乗り出し、覗き込んでい
る。
「怪我でもしたか?」
と兄が問えば、
「ゴキブリでも出たか?」
と弟も問う。
 その隣で、壁のカレンダーを眺めていた不壊が咎めた。
「飲食店でそれは禁句だぜ。兄ちゃんよ」
「あ、ごめん」
「で、どうしたんだ?やっぱり怪我か?」
 フエは首を振った。
「砂糖が切れた」
 そういえば、マスタードとポーションミルク、ジャムも、そろそろ
切れそうだった。思いついたものを書きとめようと、メモを引き寄
せる。
 三志郎(兄)が、また訊ねた。
「買い出しか?」
「ああ。店が混む前に用意しておかないと。今日の買い出しは
確か──」
「俺と不壊の番だ」
 三志郎(弟)が手を挙げる。それを、
「パス1」
すかさず不壊が一蹴した。
「今日は行かないぜ」
「何で?一昨日は、三志郎(こいつ)とフエだったじゃねェか。
今日は俺たちの番だぜ」
「そうだけどな。兄ちゃん、さっきテストで赤点取ったって言っ
てなかったか?」
 うっと三志郎(弟)が、喉に物が詰まったような音を立てた。
「言った……けど」
「赤点の次の日は、何があるんだっけ?」
「……追試」
「てことは、買い出しよりやらなきゃならないことがあるはず
だよな?」
 三志郎(弟)は、たちまち恨めしげな顔になって言った。
「判ったよ、勉強するよ。でも、それじゃお前、誰と行くんだ?
三志郎(こいつ)とか?」
 弟が行けないとなれば、当然兄の出番だ。不満たらしく口を
尖らせる三志郎(弟)に、しかし不壊は片手を振った。
「パスって言っただろ。付き合ってやるから、教科書出しな」
「え?」
 信じられないものを見たように、三志郎(弟)が大きな目
をぱちぱちさせた。三志郎(兄)も、同じ仕草をしている。
「ひょっとして、勉強見てくれんのか?」
「ああ」
「不壊が?」
「ああ」
「ホントに?不壊が、俺の勉強を、見てくれんのか?」
「しつこいぜ。何だってそんなに疑うんだ」
「だって、なあ……」
 二人の三志郎は、そっくり同じ顔を鏡のように見合わせた。
 疑うのも無理はない。フエだって、自分の耳がどうにかなったの
かと思った。
 何しろ不壊ときたら、これまで三志郎(弟)がどんなに情けない
点を取っても、我関せず。からかいこそすれ、じゃあ面倒をみてや
ろうかなどと親切心を起こしたことは、一度もなかったのだから。
「ま、そういうわけだから」
 カウンターの内側に立つフエに向き直り、不壊は言った。
「買い出し、そっちでよろしくな」
「構わないが、一体どういう風の吹き回しだ?」
 三人六つの目に見詰められ、しゃらりと不壊は答えた。
「さすがに、見るに忍びなくなっただけさ。三学期に入って、これで
四度目の赤点だからな」
 それは、確かに忍びない。


                            (続く)



2010.10.8
ありがたくもリクエスト頂きました、「双子の兄ペアの買出し話」
です。碓氷様、お待たせ致しました!