江戸ポルカ V



〜13〜

「酷い」
「重馬に言っておけよ。陰間への乱暴狼藉は、浮気と並ぶご法
度だ。芳町にゃ金輪際、出入り禁止だってな」
「冗談言ってる場合じゃないよ。《コワレズ》のあんたが、どう
して、こんな……」
と、そこまで言いかけ、ウタは顔を上げた。
「不壊!あんた、まさか」
「封じられているせいだ。妖の力を」
「それだけじゃないだろう」
 きつい眼差しで不壊を見ると、言った。
「その火傷、肩の痣──妖で、しかも《コワレズ》の名を持つ
あんたが、何日も傷が癒えないなんて、おかしいじゃないか。
もしかして……」
 声が震える。不壊は、ウタの菫色の目を見返した。
「妖の力が、消えかけているんじゃないのかい?」
「そうかもな」
「そうかもなって、どうしてそんなに落ち着いているのさ!痛い
のも面倒も、まっぴらだって、いつも言ってたじゃないか。だか
ら片割れなんか探さない、人間と関わるのはごめんだって。
それがどうして、こんな姿になってまで、重馬に従ってるんだ
い!」
 不壊は肩を竦めた。
 ウタが言うとおり、ずっと、片割れを拒んで来た。
 妖に比べたら、ほんの一瞬でしかない命を生きる、人間。そ
んなものを片割れにして、何になるというのか。
 失って、打ちひしがれ、嘆き悲しむくらいなら、最初から見
つけなければ良い──そう思っていた。
 三志郎に会うまでは。
「つまらない答だがな。結局、俺も個魔だったってことだろう
よ」
「不壊」
「この前も、聞いたよな。じゃあどうして、お前は重馬の傍に
いるんだって。お前が守りたいのは、あの正人って奴の方だろ
う」
 正人の名前が出ると、ウタは、手をぎゅっと握り締めた。
「あいつを守りたいから、お前は重馬の元に戻って来たんだろ
う?」
「あんたも、同じだって言うの?でも、あんたは私と違う。この
ままじゃあ、あんた自身が消えちまうかもしれないんだよ?」
「それも仕方ないさ」
 思い定めた人間の、儚い命を守り抜くこと。それが、どうや
ら個魔に与えられた宿命らしい。
 厄介な生だと思うけれど、以前のように疎む気持ちはなかっ
た。
「確かに、仕方ないのかもしれないね」
 ぽつんとウタは呟き、「それにしても」と俯けていた顔を上げ
た。
「まさかあんたがそこまで人間に入れ込むなんてね。何だって
もっと早くに心を入れ替えて、片割れを見つけなかったんだ
い?あんたがふらふらしていたせいで、どれだけ長が心を痛め
ていたか」
「無理言うな。あの頃はまだ、兄ちゃんが生まれていなかった
んだからな」
 ウタは、苦笑を漏らした。
「惚気なんて聞かないよ。さ、早いところ手当てしてしまおう
か。またいつ呼び出されるか、判らないからね」
「ああ、そうだ。ついでに、髪を直すのを手伝ってくれ」
「髪?」
「花魁は遊里の花だ。みっともない姿を晒すわけにゃあいかな
いだろ」
「ああ……」
 ウタは、一瞬思案げな表情になったが、すぐにそれを消し、
「かんざしは落として来ちまったんだろう?あとで私のを貸し
てやるから、使うがいいよ」
と、微笑んだ。

                            (続く)


2010.11.20 up