江戸ポルカ V


〜 11〜


「原理を知ることは、決してこの先、損にはならん。妖そのも
のを知ることになるのだからな。
そうさな、お前さんたちは、陰陽五行という言葉を聞いたこと
はあるか」
 陰陽五行。不壊から教えてもらった中にあった。
 この世の全ては、木、火、土、金、水の五つの要素から出来
ている。その五つにそれぞれ陰陽を配して十干。即ち、甲、乙、
丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸。
 ──「甲」は「きのえ」。「木の陽」という意味だ。妖はまず、
陰と陽に分かれ、そしてそれぞれ木、火、土、金、水のいずれ
かに属している。良いか、兄ちゃん。妖は、単に体の大小で強
さが決まるわけじゃない。互いに得意、不得意な相手がいて、
それを利用することで、一見小さく弱そうな妖でも、巨大な妖を
倒せるんだ。
「水は火を消し、火は金を溶かし、金の刃物は木を伐り、木は
土を押しのけて生長し、土は水を止める──だろ?不壊に教わ
ったぜ」
「そう、それが五行相剋の法則じゃ。当てはまらないものも、
中にはおるがの。大概の妖は、その法則にのっとって存在して
おる。先刻も言ったが、お前さんの戦いぶりは、『耳』に聞いて
知っておる。どうやら、基本は身についておるようじゃな」
 褒められて悪い気はしない。へへっと三志郎は鼻を擦った。
「だが、ここまでは基本中の基本じゃ。それだけでは、勝てん
ぞ。何しろ百戦錬磨の術師じゃ。場数を踏んでいる分、圧倒的
に強かろう」
 判っていたことだが、幻風堂の言葉は、鋭く三志郎の胸を刺
した。今の三志郎に勝ち目はないと、幻風堂はそう言っている
のだ。
 そこに、初めてロンドンが口を挟んだ。
「だが、三志郎は、重馬にないものを持っている。妖との間の
『信頼』だ」
「ロンドン」
「忘れるなよ、三志郎。重馬は個魔に愛想を尽かされた人間だ。
人間の味方である個魔ですら逃げ出すような奴に、妖たちが本
気で力を貸すと思うか」
 ロンドンは、真剣な眼差しを三志郎に向けた。
「妖はお前を信じている。何しろ、長から全てを託された、た
だ一人の人間だからな。それは、お前にあって重馬にはないも
の、圧倒的な強みだ」
「ロンドン……ありがとう」
「もっとも」と、ロンドンは漸く、普段の揶揄するような笑みを浮
かべた。
「お前の取り柄は、それだけだけどな」
「何おう!」
 感謝して損した。気色ばむ三志郎に、ほっほっと幻風堂が笑
った。
「確かにそれしかないかもしれんの」
「爺っちゃん!」
「だがそれこそが、最も大切なものじゃ。良いか、二人ともよう
く聞け。五行の法則には、相剋とは逆の働きをするものもあ
る。それは、妖を信じ、妖に信じられなければ成立しない。
相手の力を弱め、殺ぐ相剋に対し、相手を補い、強める関係
──」
 幻風堂は、擦り切れた畳に、枯れ枝のような指で『相生』と
書いた。
「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、
水は木を生ず。これを『相生』という。
妖と妖を繋ぎ、より強い力を持つ妖を生み出す、『相生召喚』を、
儂は教えよう」
「相生召喚」
 鸚鵡返し、三志郎は、ロンドンと目を見交わした。ロンドン
が頷き返す。
 撃符をしまった懐に、そっと手を当てた。
 不壊も、お前たちも、少しだけ待っていてくれ。もっと──
もう二度と負けないくらい強くなって、必ず皆を助け出す。


                            (続く)


2010.11.3 up