江戸ポルカ V


              〜 11〜


 ロンドンがぞろりと取り出した撃符を、三志郎は見詰めた。
 紛れもない、三志郎が持っているのと同じ、撃符だった。
 ただ、そこに封じられている妖が異なるだけだ。
「僕の味方は、クレッセントだけじゃない。『鉤殻虫』、『青鷺火』、
『絡新婦』……皆、姿は怖いが、いい奴さ」
 誇らしげなロンドンの言葉にも、三志郎は固い表情のまま、
笑えずにいた。
「それ……どこから手に入れたんだ?」
 撃符の取引場所になっていた寝井戸屋の地下は、もうだいぶ
前に塞がれ、使われていない。
 妖怪城へも、唯一の通り道だった妖逆門が閉ざされてしまっ
た今、行くことは出来ない。
 一体、どうやって撃符を手にしたのか。
 まさか、ロンドンに限って、重馬のような真似はしないだろう
が──と考えたところで、ロンドンと目が合った。
 三志郎が何を考えているか、判ったらしい。
 「心配要らないよ」とロンドンは言った。
「これは、ギグが僕に預けてくれたんだ」
「ギグが?」
「僕が頼んだんだ。僕も何かをしたい、戦いたいって」
「そうか、だからここまで一緒に来てくれたんだな。案内する
だけじゃなくて」
 漸く腑に落ちた。ロンドンが「聞きたいことがある」と言ったの
は、自分も撃符を使いこなすためだったのだ。
 クールな友人の熱さを感じて、三志郎は微笑んだ。ロンドン
が、肩を竦める。
「勘違いするなよ。別に、お前のためじゃない。虚仮にされて、
ただ隠れているだけなんて、性に合わないだけだ」
「ああ」
 照れ隠しと判ったが、三志郎は頷いた。口では何と言おうと、
心強いことに変わりはない。
「ウォッホン」
 老人が咳払いをし、二人は慌てて振り返った。
「それでは、二人とも撃符使いの修行をしたい……ということ
で良いのか?」
「はい」
「頼むよ、爺っちゃん」
 老人は、僅かに頭を動かした。頷いたらしい。
 くるりと三志郎たちに背を向けると、
「付いて来なさい」
また屏風の後ろへ戻ってゆく。
 草履を脱ぎ、座敷に上がろうとして、袖をロンドンに掴まれた。
「何だよ」
 ロンドンは、まっすぐに、屏風を見据えていた。灰色の目が、
大きく見開かれている。
「あの屏風が、どうかしたのか?」
「……ない」
「え?」
 殆ど唇の動きだけでロンドンは応え、聞き取れず、三志郎は
問い返した。
「屏風じゃない。あの爺さんさ」


                            (続く)


2010.10.29 up