江戸ポルカ V


〜 10〜


 何故、忙しい身でありながら、わざわざ江戸まで出向いて来た
のか。
 初めて聞いた、『妖逆門』の存在。そして、その門を通しては
ならない悪い妖の存在。
 とても大切な仕事、と、父はそう言った。妖神社に仕える者が
引き継がなければならない真実。
 清は、胸を押さえた。
「お父様。私に今、その話をなさるということは……それはつまり、
今にもその妖が、こちら側へ現れようとしているということですか?
これから、お父様はその妖を止めに行かれるのですか?
だから私に、お父様が受け継いで来られたものを、伝えに来られ
たのですか!」
 堪えきれず、最後は叫びになった。
 父は、死を覚悟している。もし自分に万一のことがあれば、
一人娘である清が神社の跡取りだ。
 だから、代々の神職が継いで来た『真実』を、清に伝えた。
 清は身震いした。
 初めて、妖の恐ろしさを感じていた。
 物心ついて、自分が妖神社の跡取りなのだと理解した時から、
清にとって父は尊敬する先達であり、目標だった。
 そんな、妖と対等に渡り合える筈の父が、命と引き換えにし
なければ止められないほど、その力は強大なのか。
「清」
 父の目に、痛みが走った。それで、自分が泣いていたことに
気が付いた。
 妖への恐怖からなのか、それとも、父を失うかもしれない悲
しさからなのかは判らない。ただ、涙がひと筋、ふた筋流れ落
ちてゆく。
 だが、そんな娘に、父の言葉は厳しかった。
「清、泣いている場合ではないぞ。お前には、これから覚えて
もらうことが山ほどあるのだ。それが出来ぬようなら、妖神社
は他の者に任せる。それでも良いのか」
「そんな……でも」
「ナミ殿も気の毒なことだ。見込んだお前が、期待はずれだっ
たとがっかりするだろう」
 見え透いた挑発に、しかし、清は唇を噛んだ。
 同時に、三志郎の顔が頭に浮かんだ。
 去年の夏、消えた妖を連れ戻そうと、清と一緒に戦ってくれ
た。
 あの時、三志郎と一緒にいた個魔が、重馬に連れ去られたの
だとナミから聞いた。
 きっと、三志郎もどこかで戦っているだろう。個魔を助け出す
ために。
 男の子のように、ぐいと手の甲で目元を拭い、顔を上げる。
「まだ、期待はずれと決まったわけじゃありません」
「ほう?」
「教えてください。何だって覚えます」
「二言はないか」
「ございません。これは私の、私なりの戦いです。もし、ここ
で戦わなければ──」
「戦わなければ?」
 父が、興味をそそられたような表情をした。
「私は、彼の──三志郎くんの、友達でいる資格がなくなりま
す」


                            (続く)


2010.10.23
「妖逆門」って、一人っ子ばかりでしたね。そういえば。