江戸ポルカ V


〜 8〜


「例外」
 父の言葉を、清は繰り返した。
「妖としては異端、畸形と言っても良いだろう。いつ頃、何故、
そのような妖が生まれたのか、いかなる書物にも素性は記され
ていない。ただ一つ、はっきりしているのは、彼ら個魔は、文
字通り『人の片割れ』だということだ。これと決めた人間に寄
り添い、守り、その片割れが死ぬまで傍を離れない。時には、
同属であるはずの妖から謗られることもあるだろうが、かとい
って、人として生きることも出来ない。人の姿をしていても、
妖には違いないのだから。
それでも、彼らは全てを投げ打ち、片割れのために生きる。
清、お前に確かめておきたいことがある。お前は、あの女性の
生を、引き受ける覚悟があるか」
 思いがけない問いだった。
「個魔が人の片割れであると言うことは、裏を返せば、人が個
魔の片割れであるということだ。理から弾き出されるは、人も
同じ。その生を、二人一緒に背負わねばならない」
「もし……もしも、人が、それを拒んだら……?」
 清の答は決まっている。それでも、問わずにはいられなかっ
た。一答で済ませるには、あまりにも多くの個魔とその片割れ
たる人間を、清は知り過ぎている。
「個魔に行き場はない。その人間が死ぬまで、個魔はどこへも
行けず、彷徨うだけだ」
 清は、膝の上で両手を握り締めた。
 ──貴女に一つ、お願いがあるの。
 半年前の夏の夜、雑踏の中で、初めてナミと出会った時のこ
とを思い出した。
 ──私を、貴女の傍においてもらいたいの。それさえ聞いて
   くれるなら、貴女の助けになれるかもしれないわ。
 およそ頼みごととは思えない口調でナミは言い、清は奇妙に
思いつつも、それを受け入れた。特に断る理由もなかったから
だ。
 ナミが個魔であること、清を片割れに選んだことを知ったの
は、翌日になってからだ。
 そういう妖もいるのかと驚いたが、自分が選ばれたことに対
する戸惑いはなかった。例え、先に事情を聞いていたとしても、
やはり受け入れていただろう。
 あるいは、清が受け入れる人間であると、ナミは感じ取って、
近付いて来たのかもしれない。
 ナミは、清を信じた。その想いに応えたい。
 何度もナミに助けてもらった今となっては、なおさらに。
 清は顔を上げ、父を見詰め返した。
「こうして生きている限り、私はナミさんの片割れです。彷徨
う妖になんて、絶対にさせません」
 父は、にっこりと笑った。
「お前なら、そう言うだろうと思っていたよ。さて、これで漸
く本題に入れるな」
「本題……?」
 では、今までの話は何だったのだろう。清は首を傾げた。
「そういえば、お父様はどうしてわざわざ、江戸までおいでに
なったのですか。私が無事でいることは、ナミさんからお聞き
になっていたでしょうに」
 いくら一人娘が危ない目にあったとは言え、由緒ある神社の
宮司が、神殿を空けて、おいそれと出て来られるものではない
のだ。
 しかも、清がここへ身を寄せてから、十日と経っていない。
旅と言ったら基本的に自分の足で行くしかないこの時代、轟神
社の本社がある筑前から江戸までは、徒歩でひと月はかかる。
おそらく、父は船を使ったに違いなかった。
「お父様がそこまでなさるなんて、よほど大切なお仕事でもな
ければ──」
 言いかけて、はっとした。父の顔から笑みが消えていた。
「そう、これはとても大切な仕事だ。
清よ。お前に伝えておかねばならないことがある。妖神社に仕
える者が、代々受け継いで来た『真実』だ」
 先刻、父は、ナミを受け止める覚悟はあるかと訊いた。その
覚悟が、語られる『真実』と繋がっているのだろう。
 清は、膝の上で重ねた手を、きゅっと握り締めた。
「伺います」
 障子越しに、庭木の雪が落ちる音がした。


                            (続く)


2010.6.18
どこかで清に「せからしか!」を言わせたい。