江戸ポルカ V


〜 4〜


「ならば、お前に責めを負ってもらおうか。ウタ」
「何をすればいいの」
聞かなくとも判っていた。
「決まっているだろう。妖さ。また、俺のために、妖を集める
手助けをしてもらうぞ。幸い今度はもう一匹、愚か者を捕えて
あるしな」
「もう一匹……?」
重馬が、背後の壁を振り向く。
ウタは目を見開いた。
重馬の右手が、壁を貫いていた。
破壊したのではない。まるで水のように壁に波紋を描きながら、
手が壁に沈んでゆく。
「そら、出るんだ」
髪をわし掴みにされ、壁の向こうから引きずり出されたもの
──それは、
「不壊!」
「言ったろう。愚か者がもう一匹、と」
無造作に不壊をウタの傍に投げ出す。
花魁らしく贅を尽くした打掛と、その背中に解け落ちた長い
銀髪。
ウタのように両手を縛められてはいなかったが、不壊は、ど
こか様子がおかしかった。
「どうして、あんたまで……?」
答えたのは不壊ではなく、重馬だった。
「三志郎は、俺の大事な焔斬を奪った。だから代わりに、あい
つが大事にしている個魔を奪ってやったのさ」
「重馬、個魔は他の妖とは違うわ。片割れの人間にしか従わな
い。不壊はもう──」
「こいつには、三志郎の代わりに罰を受けてもらう。そのため
に連れて来たんだ」
ウタは不壊を振り向いた。
「そうなの?」
それには応えず、不壊は勝ち誇ったように立つ術師を睨み上げ
た。
「勘違いするな。焔斬は最初から、お前のものじゃない。それ
を取り上げられたからといって、兄ちゃんを恨むのはお門違い
だろう。それとも、何か?華院家ってのは、泥棒野郎の集まり
か。また阿片取引でも始めたのか?」
「黙れ」
押し殺した声が、不壊を遮った。
重馬の白いこめかみに、青く血管が浮き上がる。
いけない。
重馬は侮辱されるのを何より嫌う。華院の術師としての役目を
超えて妖を捕えるようになってからは、尚更その傾向が強くな
った。
彼がかつて、自分を侮辱した相手に、どれほどむごい報復をし
たか、ウタは嫌というほど知っている。
だが、重馬は激昂することも、手を上げることもなかった。
虫かごの鈴虫でも見るような目で不壊を見ると、彼は言った。
「まあ、いい。どれだけ噛み付こうと、お前に何が出来るわけ
でもない。俺はいつだって、三志郎を殺せるんだ。判るか?
お前の可愛い三志郎を、生かすも殺すも、俺次第ってことなん
だよ」
「言われなくとも、ンなこたぁ知ってる。だからこっちは、て
めェに従ったんだ。勿体ぶってないで、さっさと言えよ。俺の
力を封じておいて、何をやらせる気だ?」
「力を──!」
重馬の意図を知って、ウタは声を失くした。かつての片割れが
こちらを向き、微笑む。
「お前は気付いたようだね、ウタ。そうだ、お前が教えてくれ
たことだもんな」
ウタは目を伏せ、力なく首を振った。不壊が不審そうにこちら
を見ているのが判る。
重馬が言った。
「狩猟には、わざと怪我を負った小動物を使うことがある。
本物の血の臭いで、大型の獣をおびき寄せるためだ。お前には、
その寄せ餌になってもらう。猛った妖を惹き付けて、俺とウタ
が撃符を作る手助けをするんだ。嫌とは言わせないぞ。繰り返
すが、お前が逆らえば、三志郎の命はその場で終わるんだ」
不壊は無言だった。
先の見えない闇の中に、狂ったような重馬の笑い声だけが、響
き渡った。


                            (続く)



2009.9.6
由貴ちゃんが、重馬を「ドSで好き」って言っていたのを、今回
思い出しました。