江戸ポルカ V


                〜 4〜


何故、個魔になど生まれついてしまったのだろう。
仲間である妖からは裏切者と呼ばれ、敵である人間を片割れ
とし、そして、どれほど片割れを愛したとしても、その愛が報わ
れることはない。
人の命はあまりに短く儚く、個魔は独り残されるのだ。愛する
者を失った、心の傷と共に。
何と不自由な命だろう。
その上、間違いを正す機会すら、与えてはもらえないのだ。
誰を愛するか。誰に命を賭けるのか。
一度決めてしまえば、それが間違いであったと気付いても、
自分から繋いだ手を解くことは出来ない。片割れが死ぬまで、
その手は個魔にとって、呪わしい鎖となる。
「間違い」は、漸く見つけた真の片割れの方なのだ。
それでも、自分の身にそれが起こるまで、ウタは自らが個魔
に生まれついたことを恨んだことはなかった。
「やっと俺のところに戻って来たな。ウタ」
「重馬……」
後ろ手に縛られ、畳に膝をついたまま、ウタはかつて片割れ
だった男を見上げた。
灯明に浮かぶ、酷薄そうな薄い唇。一重の、一見涼しげな目元
は冷たい光を放ち、見る者を寒々しい気持ちにさせる。
出会った頃はどうだったろうか。
思い出そうと試みたが、まるで思い出せなかった。
今とは違う、優しい目をしていたのだろうか。多分、そうだっ
たに違いない。でなければ、自分が心を動かしたわけがない。
彼になら、自分の半分を預けてもいいと思った。だから、彼の
個魔になり、そして禁忌まで犯したのだ。
妖を捕え、撃符に封じるのに手を貸した。
「ずいぶん上手く隠れていたものだな。お陰で、探すのにこんな
に時間がかかってしまったよ」
「あの子は、どうしたの。私をここへ連れて来て、それから──?」
「あの子?ああ、なまっちろい顔をして生意気なことばかり抜か
すガキのことか?さあな。俺が用があったのはお前だけだ。
ガキに用はないからな。あのまま置いて来た」
ほっとした。あれ以上いたぶられてはいないのだ。怪我はして
いるかもしれないが、命は無事だろう。
しかし、続く重馬の言葉に、ウタは震え上がった。
「だが本来なら、あのガキのしたことは、万死に値する。俺の
大切な個魔を、こんなに長いこと連れ回したんだからな。今か
らでも、遅くない。二、三匹、凶暴な妖を差し向けて、食い殺
してやろうか」
「やめて!」
ウタは悲鳴を上げた。重馬に駆け寄ろうとしてよろけ、倒れる。
両腕を後ろで括られた、ままならない体で、それでも立ち上が
ろうとウタは足掻いた。
「お願い!お願い、やめて」
重馬の足元へと、畳を這いずり近付く。見上げた男の目は、変
わらず冷ややかに光っていた。
「正人にだけは、手を出さないで。あの子が私を連れ回したん
じゃない。私が頼んだの。傍に置いて、って。だから、あの子
に罪はないわ。悪いのは……」
「悪いのは私、か?」
立ち上がれないウタの代わりに、重馬は自ら近付いて来て、畳
に片膝をついた。
白い小袖と濃紫色の差袴。薄墨色の浄衣。ウタがいた頃と同じ、
華院の頭領の姿で、重馬はウタの顔に手を伸ばした。
叩かれる、と身を硬くしたウタの髪を、優しく撫でる。
「その台詞を聞くのも久しぶりだ。覚えてるか?お前の手を借
りて妖を集めることに難色を示した華院の老いぼれどもから、
俺を庇ってくれたことを」
「……ええ。覚えてるわ」
──彼を責めないで。罰ならば、私が受けます。
「……愚かだな」
ぽつりと漏れた呟きに、いつもとは違う寂しげな響きを感じて、
ウタは顔を上げた。が、目を合わせようとはせず、重馬は立ち
上がった。


                            (続く)



2009.8.24
いいえ、悪いのは私(三井)……色々すんません。