江戸ポルカ V


〜 2〜

 
「まだ、諦めてはいなかったんだな」
「ウタは、元々華院重馬の個魔だった。一度定めたパートナー
を個魔が勝手に変えることは許されない。重馬には、ウタを連
れ戻す権利がある」
「その……ぱーとなあ?人間が、救いようのない奴でも?」
三志郎が訊ねると、ギグは陰鬱な面持ちで頷いた。
「それが、個魔に与えられた宿命だ。天国も地獄も、パートナ
ー次第」
胸に堪えた。
傍にいろと言っておきながら、守ることはおろか、その手を掴
むことすら出来なかった。
不壊がいるのが地獄なら、そこに落としたのは、三志郎自身
でもある。
「とにかく」
ロンドンが言った。
「不壊の行方を捜そう。存在を気取らせないように、妨害して
いるとしても、どこにでも置いておけるわけじゃない。閉じ込め
るのに都合のいい場所といったら、華院に縁のある家屋敷だ
ろう。──ギグ」
ギグが立ち上がった。
「当たってみよう」
「俺も行くよ」
起き上がりかけ、また痛みに阻まれた。唸り声を上げる三志郎
に、ギグは言った。
「私は不壊の古い友人だ。不壊の言いたいことなら、大体判る。
今の君を不壊が見たら、こう言うだろうな。『さっさとその怪我
を治せ』、と」
──『そんな怪我、さっさと治しちまいな。兄ちゃん』。
不壊の声がはっきりと思い出されて、三志郎は目を固く閉じ、
それから開いた。そうしないと、泣き出してしまいそうだった
からだ。
ロンドンがギグを見上げ、頷いた。
「頼むよ。ギグ」
「念のため、クレッセントを残して行く。何事もないとは思う
が」
「心配性だな」
上がって来た時と同じ、重い足音が階段を下りて行く。
二人になると、三志郎は訊ねた。
「そういえば、ここはどこなんだ?」
「品川宿。母さんの知り合いがここで宿場芸者相手に小唄の師
匠をやってるんだ。そのつてで、間借りさせてもらってる」
「江戸を出ていたんだな」
まるで知らなかった。
「僕だけじゃない。清も亜紀もミックも修も、今頃は江戸を離
れて、どこかに身を隠している筈だ。江戸から妖が消えた以上、
個魔も市中にいるわけにはいかなかったというのもあるし、須
貝正人の出方も判らなかったから」
重馬の介入で、三志郎と不壊の目論見は破れたが、未だ江戸に
妖は戻っていない。一度閉じた妖逆門は、閉じた者が定めた者
しか開けないからだ。
今回の場合、それは三志郎と不壊の役目だ。そして、人間で
ある三志郎が妖逆門の前に立つには、不壊の助けが必要だ。
「不壊を連れ戻して、正人に勝たなければ、皆、江戸に戻れな
いってことか。お前たちが来てくれた時、正人の姿は……?」
「なかった。滅茶苦茶に壊れた寝井戸屋で、倒れていたのは
お前だけだ」
「正人も、怪我を負ってる。俺と同じように、ウタを取り戻そ
うと、どこかで息を潜めてるんだ」
「なら、お前は正人より先に元気になることだな。いざ対決っ
て時に、使い物にならなかったら困るだろ」
ロンドンは立ち上がった。
「飲み物を持って来よう。食欲はあるか?食べられそうなら、
食事も用意してもらうけど」
「食う。……ロンドン」
出て行きかけたロンドンが振り向いた。
「何だ?」
「お前には、色々聞いてもらってばっかりだな。不壊に会った
時も、そうだった」
半年前、初めて不壊に出会った時も、今のように、懸命にロン
ドンに話して聞かせた。突飛な内容で、しかも興奮と戸惑いで
かなり支離滅裂だったが、馬鹿にすることなくロンドンは聞い
てくれた。
「お前がいてくれて、良かったよ。ありがとうな」
ロンドンは面食らったような顔をしたが、すぐにそれを消し、
にやりと笑った。
「クールじゃないな、三志郎。そういうのは、何もかも上手く
いってからにしようぜ」
 

                            (続く)



2009.6.17
ロンドンを書く度に思う。
もし三不壊でなかったら、私は三ロンに行っていたであろう、
と。