2×2〜番外編


               〜 暫 A〜


 鼻筋の通った、子供にしては端正な顔立ちだった。赤みの少
ない白い頬と、長めに伸ばした黒髪のせいで、性別が判りにく
い。
 今でも精巧な人形のような外見のフエだが、子供の頃は、こ
んな顔をしていたのだ。
「いつもは、もっと静かなのか」
「二人だけだから」
「弟とは、喧嘩しねェの?」
「喧嘩は、たまに。でも、あんな風に取っ組み合いはしない。
お互い口をきかないだけだ」
「そ、そうか……」
 攻防戦は、じりじりと三志郎(弟)優位に傾きつつあった。
「うっしゃ、捕まえた!」
「離せ!気安く触ンじゃねェよ!」
「うるせェ!大人しくしやがれ!」
 今ここに、何も知らない第三者が来合わせないことを三志郎
(兄)は祈った。この光景だけ見たら、弟は間違いなく幼児虐
待で警察行きだ。
 フエが訊いた。
「大人の僕たちは、アンタたちと一緒に生活しているの?」
「いや、俺と弟には別に家があるから……でもまあ、殆ど一緒
に暮らしてるようなもんか。しょっちゅう泊めてもらってるし」
「いいな」ぽつりと呟く声がした。
「楽しそうだ」
 左腕が、少し重く、温かくなった。フエが、遠慮がちに寄り
かかっていた。
 そういえば、親はどうしたのだろう。
 両親とも早いうちに亡くなったのだと、大人のフエたちから
聞いていたが、この時期には既に二人きりだったのだろうか。
「元に戻っても、それきりじゃねェよ。そのうちまた会えるさ」
 三志郎は、小さな頭に手を置いた。嫌がるかと思ったが、引
き寄せると思いがけずすんなりと、フエは胸に頭をもたせて来
た。
「いつ」
「20年くらい先、かなあ」
「……20年」
 声が小さくなった。慌てて、三志郎は言った。
「心配すんなって。俺たちが、ちゃんとお前らを見つけるから。
そうしたら、あとはずっと一緒に──」
 ううっ、と三志郎(弟)が呻き、三志郎(兄)は顔を上げた。
 みぞおちを押さえて蹲る弟を置き去りに、不壊がばたばたと
ダイニングを出て行くのが見えた。
 階段を駆け上がる足音に続き、頭上でドアが閉まる。
「おい、どうしたんだよ」
 弟が振り返った。
 苦いものと辛いものと酸っぱいものを、同時に口の中に突っ
込んだような顔で、彼は言った。
「あ、あいつ……舌出しやがった──!」

                × × ×

 三志郎(兄)は、ぱちりと目を開けた。
 見慣れたクリーム色の天井があった。
 首を巡らせる。物の少ない、少々神経質なほど整然と片付い
た部屋──フエの部屋だった。
 フエのベッドで寝ていたのだ。
 枕元の時計は、七時半を指している。白っぽい朝の光が、カ
ーテンの隙間から射し込んでいた。
「……夢か」
 妙に臨場感のある夢を見たものだ。
 心なしか左腕が重だるかった。何かをずっと乗せていたよう
な、妙な痺れが残っている。
 よいせ、とベッドの上に起き上がった。
 隣にフエの姿はない。営業日、定休日関係なく、フエは早起
きだ。今頃は、きちんと身支度をして、居間で新聞でも読んで
いるだろう。
「ちっこい頃の写真、見せてくれって頼んでみようかなあ」
 今しがたの夢の話をしたら、どんな反応を見せるだろう。
 何も言わずに眉をひそめるか、冷ややかに笑って流すか、そ
れとも──。
 ぎくりとした。
 階段を、誰かが上がって来る音がする。
 それは、静かで無駄のないフエの足音でもなければ、常に気
だるそうな不壊の足音でもない。弟の、聞くからに落ち着きの
ないそれでもない。
 もっとずっと軽く、駆けるような足取りだ。
 こういう足音には、覚えがある。5年前の自分たちは、きっ
とこれと似たような音を立てて階段を上っていただろう。
 つまり、子供だ。
 三志郎(兄)は、毛布を握り締めた。鼓動が速くなった。
 まさか──まさか。
 あれは夢だ、現実じゃないだろう?
 閉じたドアを見詰める。
 足音がドアの向こうで止まり、そして、ノブが回った。



                           了



2009.3.15
さて、果たして夢だったのか、そうでないのか?(笑)
暁さん、リクエストどうもありがとうございました!