2×2〜For seasons〜


         〜 サイレント・イヴ A〜


「うちには、『ふえ』は二人いるんだが」
『私の知っている『ふえ』は、銀髪で紅い目、八年前までA大の
経済学部にいた男だ』
「ギグか」
 本名ではなく、当時仲間内で呼ばれていた仇名の方で呼んだ。
名前も忘れてはいないが、当時からそちらで呼ばれていた記憶
は殆どない。
『そのとおり。覚えていてくれて、嬉しいよ。不壊』
「そんなすかした喋り方をする奴は、そういねェよ」
 ギグは、同じ学部にいたイギリスからの留学生だった。院生
だったから、不壊よりいくつか年上だった筈だ。
 専攻もサークルも違ったが、たまたま所属していたゼミ室が
隣り同士だったため、顔を合わせ、話をするようになった。
 典型的なアングロサクソンらしい大柄な体格と、豊かな金髪、
碧眼。卒業以来会っていないが、今でもはっきりと覚えている。
 最後に交わした、会話まで。
「それで、八年ぶりに何の用だ?まさか一人のクリスマスが寂
しくて、わざわざ国際電話をかけて来たわけじゃねェだろ」
『国際電話じゃない。今、日本にいる。東京だ』
「東京?」
『昨夜遅くに成田に着いた。こちらで仕事があるものでな』
 ──イギリスに戻ったら、やりたいことがある。
 卒業を間近に控えたある日、ギグはそう言った。
 ──会社を興そうと思っている。その会社で、今までの自分
の研究が、机上の理論ではなく、実際に使えるメソッドだとい
うことを証明したい。
 金持ちの道楽だ、と決め付けた不壊に、怒りもせずに、彼は
言った。
 ──科学者の探究心と言ってくれ。実践は、研究において最高
のデータソースだ。無論、やるからには万全を期さなくては、正
しいデータは得られない。……そこで、だ。
 自信が、彼の眼の中をよぎった。 
 ──不壊、お前さえ良かったら……
「念願叶って、会社を作ったか。どうだ?実証は出来たのか?」
『その最中だ。不壊、今夜、あいているか』
「何だ、いきなり」
『社の立ち上げの時に出資してくれた日本企業のパーティーに
呼ばれている。一ヶ月ほど前から、日本支社を出さないかと持
ちかけられているんだ』
「事業拡大おめでとう」
『不壊』
 僅かに、口調が熱を帯びた。
『確かに一度は断られた。だが、諦めたわけではない』
「言った筈だ。日本を離れるつもりはない」
『判っている。だから、イギリスに来いとは言わない。日本支社
を預ける』
 不壊は目を眇めた。
 なるほど、それで夜のパーティーか。出資先に引き合わせる
つもりなのだろう。
「何故、そんなに俺にこだわる。俺よりよっぽど向いている奴
が、いくらでもいるだろう」
『理論を並べるのが上手くとも、仕事が出来なければ意味がな
い。不壊、お前だって本当は、そこを出たかったんだろう』
 目を閉じた。
 ──お前さえ良かったら、手を貸してくれないか。そう、悪
いようにはしない。
 確かにあの時、心が揺らいだ。
 養父との約束など放り出して、飛び出してしまいたかった。
 だが、今は。


                              (続く)



2009.2.24
ギグの方が、不壊よりちょっと年上ってことで。