2×2〜For seasons〜


         〜 サイレント・イヴ @〜


「雪、降らねェかなあ」
 新宿駅西口の雑踏の中で、傍らの少年が言った。
 見上げた午後の空は、冷えびえとした白灰色が広がるばかり
で、雪ひとひら、落ちて来る気配もない。
 そうして立ち止まっている間にも、厚いコートを着込んだ
人々が忙しなく通り過ぎてゆく。
 不壊は、空を見上げたまま動こうとしない少年に、呼び掛け
た。
「兄ちゃん。ぼさっと口開けて突っ立ってると、雪の代わりに
ゴミが入るぜ」
「うるせーな。口なんて開けてねェよ!」
 憤然と三志郎(弟)は振り返った。が、すぐに周囲を見回し、
「確かに」と鼻から息を吐いた。
「ゴミっぽいけどな」
 三志郎の背後、都道414号線は、片側三車線ともみっしりと
車で埋まっている。
 かたつむり並みのスピードでも、動いているだけマシという
ものだ。代々木の方角を見れば、国道20号線との交差点で右折
しようとした車が、真ん中で身動きが取れなくなり、鋭いクラ
クションを浴びせられていた。
 ただでさえ、人も物も普段の倍増しで動く12月。しかも今日
は24日。クリスマス・イヴだ。
 混雑していない方がおかしい。
 現にこうして不壊も、三志郎(弟)とわざわざ連れ立って
買い物に出て来ている。
 横断歩道の信号が青に変わった。カメラ屋の方から新宿駅に
向かって、更に人が流れ込んで来る。その奔流のような人波を、
不壊は眺めた。
 誰も彼も浮き足立っている。
 今は仕事で駆けずり回っている者も、仕事が終われば、華や
かな色合いの包みを手に、いそいそと何処かへ向かうのだろう。
 この時期の空気には、人の心を浮かれさせるものがある。
 ひっきりなしに流れるクリスマスソングのせいだけではない。
皮膚の表面をざわつかせ、祭の波に乗らなくてはいけないよう
な気分にさせる、電磁波のようなものだ。
 不壊は、黒いコートの袖を軽く払った。
「気が済んだら、さっさと買い物を済ませちまおうぜ。待ち合
わせに遅れたら、フエの機嫌が悪くなっちまう」
 この混雑の中をぞろぞろ歩き回るのは非効率だとフエが言い
出し、改札で二手に分かれたのだった。
 三志郎(弟)と不壊の弟組、三志郎(兄)とフエの兄組に分
かれてそれぞれ買い物をし、一時間後に落ち合うことになって
いる。
 人混みが苦手な不壊としては、早々に用事を済ませ、あとは
そこいらでコーヒーでも飲んで時間を潰したかったのだが、連
れが子供となると、そうは問屋がおろさない。
「滅多にこっちまでは来ねェんだ。ちょっと外に出てもいいだ
ろ?」
 はしゃぐ三志郎に負けて、わざわざ人の波を見に、地上に上
がって来てしまった。だが、そろそろ本来の目的に取り掛から
ないと、待ち合わせの時間に間に合わない。
 人いきれと排気ガスに背を向け、三志郎が歩き出した。
「よっしゃ、行こうぜ」
 気が済みさえすれば、三志郎は実にあっさりしている。先に
立って、百貨店の地下へとエスカレーターを降りながら、ダウ
ンジャケットのポケットからメモを引っ張り出した。
「俺たちの担当は、ケーキと果物か。どんなケーキがいいかな」
「ちゃんと前見て歩けよ。……どうせ食うのは兄ちゃんたちだ
けだ。好きなのを選びな」
「不壊たちは食わねェのか?せっかくクリスマスだってのに、
自分から盛り上がらなくっちゃ……」
 コートの内ポケットで、携帯が振動した。自宅の電話が転送
されて来たのだ。
 非通知ではないが、覚えのない番号だった。
「すぐ行くから、先に選んでな」
「おう。早く来いよ」
 地下の食品売り場に向かう三志郎の背中を見送り、不壊は携
帯を耳に当てた。
「……はい」
『ふえ、か』
 低いその声を思い出すのに、少しかかった。


                              (続く)



2009.2.21
時期はずれですが、12月はクリスマス物を。
新宿を舞台にするのって好きですv