江戸ポルカ U


〜 25〜


「相変わらず、そんな甘いことを言っているのか!妖召喚、鴉
天狗!」
「妖召喚、一角!」
 あの時と同じ組み合わせだった。偶然ではない。
 かつて逃げ出した戦から、もう一度やり直すのだ。
「頼むぜ、一角!」
 答える代わりに大きく身をしならせ、一ツ目の妖は、鴉天狗
に突っ込んで行った。
 人間など及びもつかない、強大な力と力がぶつかり合う。
正人の言う、これが『本物の戦』だ。
 だが、三志郎は目を逸らさなかった。
 妖たちの絶叫も、彼らの体液が飛沫く度に広がる生臭いにお
いも、一つ残らず受け止めるつもりだった。
 それが、妖と共に戦うということだ。
 一騎打ちは、一角に軍配が上がった。鴉天狗が、断末魔の悲
鳴を上げ、消える。
 三志郎は叫んだ。
「攻め込め、一角!」
 一角の牙が、正人に迫る。
 やった、と思った瞬間、黒い霧に阻まれた。弾き返され、一角
が三志郎の足元に落下する。ずしんと重い震動があって、一角の
姿が撃符へ戻った。
「ウタ!」
 役目を終えた霧は凝集し、黒い振袖を着た女の形を取った。
 沈鬱な面持ちからは想像もつかない、しなやかな動きだった。
 それに気を取られていると、
「ぼやっとしてんじゃねェ、兄ちゃん!」
不壊の声に、三志郎は、はっと我に返った。
 思いがけず近くに、ウタの姿があった。正人はウタの陰にな
り、見えない。
「クソッ……正人!」
 ウタが微かに笑んだ。黒い袂が跳ね上がり、その後ろから、
猛烈な熱風と火炎が噴き出した。
 正人の声。
「妖召喚!猛炎君!」
 名のごとく、飛び出したのは炎を纏った猪に似た妖だった。
三志郎目がけ、突っ込んで来る。
 不壊が両手を広げ、立ち塞がった。
 打ち掛けが広がる。結い上げた髪が解けて、簪が落ちた。
 個魔の盾に守られ、三志郎は撃符を一枚掴んだ。
「妖召喚、たておべす!」
 刃に似た鱗を煌かせ、巨大魚が現れた。
 火と水の妖がぶつかり合う。
 しゅっと煙が上がった。水が、一瞬にして気体に変わった
のだ。
「猛炎君は火。たておべすは水。水剋火。単純だけど、理屈は
判っているみたいだね?」
 妖たちを見上げながら、正人が言った。
「使いこなすと、面白いだろう?相克だけじゃない。相生、相
乗、比和、そして相侮。妖たちと、この世界を取り巻く理屈を
知れば知るほど、この戦は凝って面白くなる。どう、続けてみ
たくなったかい?」
「ならねェよ」
 言下に三志郎は切り捨てた。
「理屈とか戦とか、俺にはどうだっていいよ。言っただろ。俺
はただ、お前に勝って、このおかしな遊びを終わらせたいだけ
だ。江戸で人に混じって暮らしていた妖たちは、もう一度江戸
に戻れるように。里山の妖は里山に返して、個魔だって──」
「ウタは渡さないよ」
 正人の白い顔が、更に色を失くしていた。
「けど、ウタは……」
「ウタは僕のものだ!誰にも渡さない!どこにもやらない!」
 かっと目を見開き、正人は叫んだ。
 正人の後ろで静かな影に戻りかけていたウタが、ぴくりと肩
を揺らす。細い眉が、苦しげに顰められた。
 ウタは、判っているのだ。いずれ、このままではいられない
ことを。
「正人……!」
 不意に、何かに驚いたようにウタの目が広がった。
 不壊が息を飲み、三志郎も異変に気付いた。気付いていない
のは、興奮した正人だけだ。
「どこにも行かないって、僕の傍にいるって、約束したんだ!
ウタは……」
「ふぅん、そんなことを言ったのか。この女は」
 若い男の声がした。


                            (続く)



2008.7.9
再度登場、あの人です。
由貴ちゅわん!出したよ!!