江戸ポルカ U


〜 25〜


「地震……?じゃ、ねェみたいだな」
 三志郎は撃盤を引き寄せた。
 また、ちりちりと首筋を焼くような、嫌な気配が近付いて来
る。
 修が現れる直前に感じたのと同じ、そして、もっと強い、禍々
しい気だ。
 不壊も立ち上がった。
「おいでなすったみたいだぜ。いよいよ、真打ちが」
 言い終えるや、不壊は黒い影に姿を変えた。反物のように
三志郎の全身にするりと巻きつき、包み込む。
 視界が、墨で塗り潰されたように、黒一色に染まった。
 その向こうで、声がした。
「妖召喚、天狗つぶて」
 何か硬い粒状のものが飛んで来て、三志郎の周りで弾き返さ
れるのが判った。
「不壊!」
『大丈夫だ』
 応えと共に視界が開けた。
 身構え、三志郎は天狗礫を繰り出した相手と向き合った。
「……正人!」
 撃盤を手に、にっこりと、須貝正人は微笑んだ。
 背後に、ウタを連れている。今日も彼女は、暗く打ち沈んだ
表情をしていた。目を伏せて俯き、こちらを見ようともしない。
「漸く、会えた」
 たった今、妖で攻撃を仕掛けたとは思えない。まるで、道端
で久しぶりに会った友人に話しかけるように、正人は言った。
「何だかボロボロみたいだけど、今日は逃げ出さないのかい?
個魔に抱っこしてもらってさ」
「逃げねェよ」
 顎を引き、三志郎は返した。
「お前は、俺の大切な仲間を傷付けた。それも、仲間の一人を
使って。……どうしたって許せねェ」
「許せないって」
 正人は、心外そうに目を瞬いた。
「君がなかなか出て来てくれなかったせいじゃないか」
「何だって」
「尻尾を巻いて戦場から逃げ出したきり、怖気づいて出てきや
しない。だからあの子達を、使わせてもらったんだよ。友達思
いの君のことだから、周りを痛めつければきっと出て来るだろ
うと思ってさ」
 三志郎は息を吸い込んだ。
 亜紀が言っていたとおりだ。
 三志郎が愚図っていたせいで、亜紀も清も、そして修も、皆
巻き込まれてしまったのだ。
 得意げに、正人が胸を張った。
「そうしたら、ほら、思ったとおり。やっぱり君は出て来た。
本当に、友達思いなんだねえ」
「正人……お前……!」
「責めるなら、僕じゃなく自分自身をまず責めるんだね。あの
時、妖怪城で君が僕と戦っていれば、誰も傷付かずに済んだん
だから」
 ああ尤も、と、正人は思い出したように付け加えた。
「君が僕に勝っていたら、の話だけど」
 撃盤を掴む手に、力が篭った。修との取っ組み合いであちこ
ち怪我を負っているというのに、その痛みすら感じない。
 こいつにだけは、負けるわけにはいかない。そして、自分自
身にも。
「正人。俺は絶対、お前に勝つ。勝って、今は撃符になってい
る妖たちを、全員、元の姿に戻す。天狗の爺っちゃんや、一鬼
や一角や……不壊を、自由にするんだ」
 正人の顔色が変わった。


                            (続く)



2008.7.6
個魔の動きを見る度に、バー●パパを思い出していたのは、
私だけじゃないと思う。黒だからバーバマ●だ、とか思った人が
絶対他にもいたはず(ギグはバーバ●ジャ。特技はお絵描き)