江戸ポルカ U


〜 24〜


 「僕が何を判っていないと言うんだ!」
 三志郎に馬乗りになり、肩を押さえ込もうとしながら、修が
叫んだ。
 三志郎に殴られた頬が赤く腫れ上がっている。目尻は切れ、
血が流れ出していた。
 突き出される修の拳を、首を傾け、三志郎は避けた。耳元で
畳が鈍い音を立て、痛みに修が顔を歪める。三志郎は修を突き
飛ばし、飛び起きた。
「全部だよ!」
 逆に馬乗りになり、鼻梁を狙って拳を叩き込む。その拳を掌
で阻まれた。歯を食い縛り、修が押し戻す。
 振り下ろそうとする力と、押し返そうとする力が拮抗する。
その均衡が、崩れた。
 崩したのは、三志郎のひと言だった。
「そんな力振り回して、お前、どんな顔して清に会うんだよ!」
 修の動きが止まり、力が緩んだ。その手を振り払い、殴りつ
けた。鼻血が飛び散る。
「清はいつだって、笑ってお前の傍にいただろ!清のことが好
きなくせに、お前が清を泣かせるのか、修!」
 修は抗わなかった。
 左、右と殴りつけ、もう一度左を殴ろうとしたところで、止
められた。
「それくらいにしとけ」
 不壊だった。ひんやりとした指で、三志郎が振り上げた拳を
軽く抑えている。
「もう、正気だ」
 三志郎は、修を見下ろした。
 血でまだらに染まった顔の中で、目が幾度も瞬きを繰り返し
ていた。裂けた唇が動き、呟きが漏れた。
「清を……僕が、泣かせる……?」
「そうだよ。清が何のためにたった一人で江戸まで出て来たの
か、これまでどんな奴らとどんな風に戦って来たのか、お前だ
って知ってるだろ!そのお前が、清を裏切るのかよ!」
 泣こうとしたのか、苦笑おうとしたのか、修の顔が歪んだ。
「裏切りだなんて思っていない。僕は……僕は、ただ、強くな
りたかっただけだ……」
「だったら、妖の力なんか借りなくたって、いくらでも他に方
法はあんだろ」
 修の上から降り、三志郎は畳に座り込んだ。全身から力が抜
ける。殴打した拳が、ずきずきと痛んだ。
 仰向けに倒れた修が、自嘲気味に嗤った。
「お前は強いから、そんなことが言えるんだ。強くなりたくと
も強くなれない人間には、そんな余裕はない。がむしゃらに、
これと思ったものに、しがみつくしかないんだ」
「別に、俺だって強くなんかねェよ」
 無我の肩を借りて立ち上がろうとして、修がこちらを向いた。
その目を見返し、三志郎は続けた。
「けど、強くなんなきゃいけねェんだ。そうでなけりゃ、守り
たいものを守れねェから。だから同じだ。俺も、お前も」
 そうだろ?と、笑ってみせる。
 修は、目を逸らした。
「君にお前呼ばわりされる覚えはない」
「何だと!そっちだって、俺のこと『貴様』とか呼んでたくせ
に!」
 三志郎は怒ったが、修はそれ以上、言い返そうとはせず、
無我に凭れた。
「少し考えたい。自分が、本当はどうなりたかったのか。
……亜紀や清には……」
「言わねェよ。俺からは、何も」
「そうか」
 身を引き摺るようにして、修が部屋を出て行く。
 その背中を、三志郎はぽかんと口を開けて見送った。
 『かたじけない』。
 消え入りそうな声で、しかし確かに、修はそう言ったの
だった。


                            25へ続く



2008.7.1
殴り合いの喧嘩……三志郎は似合うけど、不壊は似合わない。
子供と大人の違いじゃなくて、攻めと受けの違いでしょうか。
不壊はグーより平手が似合う(叩かれるんじゃなく、叩く方ね)