江戸ポルカ U


〜 23〜


 無我が伏せていた目を上げた。
「お主が拙者の立場でも、やはり同じことをしただろう?
不壊殿」
「まあな」
 不壊は、あっさり頷いた。
「厄介な身の上は、お互い様だ」
 個魔たちのやり取りには目もくれず、修は「さあ」と三志郎
に向かい、撃盤を翳した。
 間違いない。重馬や正人が使っていた──そして三志郎が託
されたものと同じ、撃盤だ。
「決着をつけようじゃないか、三志郎。お前と僕、どちらがよ
り強いのか。そして、清に……」
「清?」
 修が、はっと口を噤んだ。
「清がどうしたってんだ」
「……うるさい」
 迷うように目が泳ぐ。動揺しているのだ。三志郎はすかさず
被せた。
「なあ、やめようぜ、こんなの。清が知ったら悲しむぞ。お前
だって知ってるだろ?重馬がやったことを、清がどれだけ怒っ
てたか。あいつは妖をすげェ大事に思ってる。なのに、お前が
重馬と同じことをやったなんて知ったら、きっと清は……」
「うるさい!貴様がその名前を呼ぶな!」
「修!」
 修の撃符が、撃盤を通った。
「妖召喚!出でよ、ケルベロス!」
 腐臭と共に出現したのは、三つ首の獣だった。三つの口から
滴る涎が、畳の上でどす黒い煙を上げる。
 六つの目が一斉に三志郎を捉えた──瞬間、獣は咆哮を上げ、
三志郎に襲い掛かった。
「よせ、修!」
 鋭い爪と牙が迫る。──それが、消えた。
 ギャン!と犬のような悲鳴を上げ、ケルベロスの巨体が、どう
と倒れた。
「不壊!」
 三志郎を背中に庇い、不壊が立っていた。ちらりと横顔で振
り向き、笑う。
「ぼやっとしてんじゃねェぞ、兄ちゃん。こいつを倒せないよう
じゃあ、その先にいる奴になんざ、敵うわけがねェんだ」
「判ってるよ」
 三志郎は、懐から撃符を抜いた。
 胆は決まっていた。
 迷うことなく、撃盤に通す。札を引き抜く時、ずしりと重み
を感じた。妖の存在の重みだ。
「妖召喚!一角!」
 崩れかけた妖怪城で、呼び出して使いこなせなかった妖だっ
た。
 牙には牙を。
 一角が身をくねらせ、倒れもがくケルベロスに食らい付く。
紫色の体液が飛び散り、金の屏風を汚した。それを一角の尾鰭
が跳ね飛ばす。
 耳を塞ぎたくなるような絶叫が上がった。ケルベロスが消え、
ひらりと撃符が舞い落ちる。
「やった……」
 初めて、妖を倒した。
 ほっと息を吐いた三志郎に、鋭く不壊が叫んだ。
「気を抜くな、兄ちゃん!撃符使いを倒さなけりゃ、勝ったこ
とにならねェ!」
「そ、そっか!一角!」
 既に一角は体勢を立て直していた。立ち竦む修をめがけ、突
っ込んでゆく。
 その行く手を、黒い影が遮った。
 大刀一閃、一角が撃符に戻る。
 無我だった。
 返す刀が、三志郎の喉元を掠める。
「危ねェ!」
 かろうじて切っ先をかわし、三志郎は次の撃符を引っ張り出
した。撃盤を構える。
 そこに、刀が振り下ろされた。
「三志郎殿、御免!」
 ──やばい!
 煌く白刃が、耳障りな音を立て、止まった。

                × × ×

 無我が呻いた。
「……不壊殿!」
 逆手に構えた紅い煙管の雁首に、刃が食い込んでいた。
「悪ィが、こっちも負けるわけにはいかねェんだ」
「妖たちのためか」
「も、ある」
「……?」
「てめェと同じさ、無我。兄ちゃんが進むなら、俺も進むしか
ねェんだ」
 無我が微笑った。
「厄介なことだ」
「お互い様だと言ったろう」
 ずしりと太刀に重みが加わった。煙管を握る右手が震える。
左手を添え、不壊は堪えた。
「引く気はないか」
「ないね。そのでかぶつを引っ込めな、無我。そろそろ時間稼
ぎも要らないようだぜ」
 言い終えるや、二人の背後で光が迸った。
「妖召喚!武者蜘蛛!」
「妖召喚!一鬼!」
 無我と不壊は、同時に飛び退った。


                            24へ続く



2008.6.19
やってみたかった無我vs不壊。個魔は守りの妖ですが、パート
ナーを守るために攻撃に出ることもあるかな?……と。
あ、『江戸ポルカ』1巻で女将に折られた不壊の煙管ですが、
あの後、新しいのに買い換えたらしいです。