江戸ポルカ U


                〜 23〜


「どうして……」
 寝井戸屋の階段を昇り、不壊の座敷に現れた相手の顔を、呆
然と三志郎は見詰めた。
「どうして、お前が来るんだよ!修!」
 全身から力が抜け、また緊張した。
 何故ここで、正人ではなく、修が出て来るのか。
 ──僕と、遊んでもらおうと思って。
 悪びれない明るい声が、耳の奥で聞こえた。
 修は、あの誘いに乗って、正人の戦相手になったというのだ
ろうか。
 それとも。
 恐ろしい考えに行き当たって、三志郎は身震いした。その様
を、修が鼻で嗤う。
「驚いてるのか?無理もない。僕が撃盤を持っているなんて思
わなかったんだろう。生憎だが、この力はもう、お前だけのも
のじゃない。僕も、同じ力を手に入れたんだ」
「何言ってんだ……修」
 修が『力』と呼ぶものを、三志郎はそうと思ったことはない。
 確かに撃符に閉じ込められた妖の力は強大だが、それは三志
郎自身の力ではない。
 撃盤も撃符も、託され、預かっているだけだ。
 修はとんでもない思い違いをしている。
「もう僕は、自分の弱さを恥じることもない。不甲斐ないと詰
られることもない。僕は完璧な強さを手に入れたのだから」
「違う!」
 思わず叫んでいた。
「修、それはお前の強さじゃねェよ!」
「黙れ!」
 修が一喝した。
「努力もせずに望むものを手に入れて来たお前に、何が判る!」
「何だと?」
 カッとした。
「俺が努力もしてないって、そんなこと」
「無駄だ、兄ちゃん」
 不壊が立ち上がった。
「今のあいつには、何を言っても届かねェよ」
「不壊!だけど……」
「華院の若様と同じさ。撃符に取り憑かれちまってる。奴の目
を、見てみな」
「目?」
 言われて、修に向き直り、気付いた。
 違う。いつもの修ではない。
 生真面目で一途な性格を映す黒い瞳が、やけにぎらついて見
えた。冷静さを失っているせいか、焦点すら合っていない。
「撃符の力は、闇を砕く光の力だけじゃない。その逆もあるん
だ」
「逆ってことは……」
「闇そのものさ。それは、撃符使い自身が引き寄せるんだ。
強い憎しみや怒り、悲しみ──そういうものが心の中にあれば、
闇の力を手に入れるのなんざ、造作もねェこった」
「修……」
 一体、何がそれほど憎かったのだろう。自ら闇を引き寄せて
しまうほどの憎悪や怒り、悲しみというものを、三志郎は知ら
ない。
 不壊の目が修から、その背後に立つ黒い着流し姿の男へと移
った。
「おおかた、そういう心の隙間に付け込まれて誘われたんだろ
う。それをてめェは黙って見ていたわけだ。……そうだろう、
無我?」


                            (続く)



2008.6.15
アニメでは、三志郎 vs 正人より、むしろ、三志郎 vs 修の最後の
対撃の方が好きでした。
兄ちゃんも修も、『男』そのものだったなあ…。