江戸ポルカ U


〜 21〜

 三志郎と不壊の顔を暫し見比べ、かがりは「ふん」と鼻を鳴
らして鎌を収めた。三志郎の上から降り、また戸口に座り直す。
「大丈夫か、兄ちゃん」
「ああ……ちょっとびっくりしただけだ」
 不壊に背中を支えられ、三志郎は起き上がった。そこに、
かがりの声が浴びせられる。
「私がここに来たのは、お前たちが土壇場で逃げ出さないか、
監視するためだ。いざって時に怖気づいて逃げ出されたんじゃ
あ、話にならないからね」
「そいつはご苦労なこった」
 不壊は肩を竦めた。
「だが、それなら誰が門を閉じるんだ?」
「門?」
 何のことだと尋ねると、不壊が応えた。
「妖怪城を中心とする妖の世界と、人の住むこの世界を隔てる
門のことさ。
『人に非ざれば妖、妖に非ざれば人』──妖と人とは対極、
即ち真逆を為す。故に、二つを隔てる門を『妖逆門』と呼ぶ」
「ばけぎゃもん……」
 不思議な響きを持つその言葉を、三志郎は繰り返した。
「俺たちは妖逆門をくぐって、妖の世界と人の世界を行き来し
ている。そいつを閉じるってことは、二つの世界の繋がりを断
つってことだ。無論、おいそれと出来ることじゃねェし、門を
閉じることを許されているのはこのかがりを含め、ほんの一握
りの妖だけだ」
と、不壊はかがりに目を移した。
「俺を除く全ての妖を向こう側へ渡し、最後に門を閉じる。
そのためにお前は江戸に残った──少なくとも、俺はそう雷信
から聞いているんだがな」
「兄が何と言ったかは知らないが、私はここを動くつもりはな
い。門はイズナが閉めればいい」
「冗談じゃねェぞ!」
 面白半分に成り行きを見守っていたイズナが、気色ばんだ。
「こっちは役目を済ませたら、必ずかがりを連れて妖怪城に戻
って来るようにって、雷信からきつく言いつけられてんだ。
勝手な真似はさせねェからな!」
 かがりも言い返す。
「冗談じゃないは、こっちの台詞だ!十郎兄さんを奪った人間
になど、我らの未来を預けられるものか!」
 紅い唇をきつく結び、かがりは三志郎を睨みつけた。
 三志郎が十郎を撃符に閉じ込めたわけではない。そんなこと
はかがりも承知しているだろう。それでも、人間である三志郎
を憎まずにはいられないのだ。
 かがりが十郎と呼ぶ鎌鼬は、人間からどれほど酷い仕打ちを
受けたのだろうか。
 三志郎は、じくじく痛む頬の傷に触れた。ぬるりとした感触
があり、指先が血に濡れた。
 だが、きっとかがりの心の傷は、こんなものではない。
 汚れた指先を握り込み、三志郎はかがりの目を見詰め返した。
「心配しなくても、俺は逃げねェよ」
「口先だけなら、何とでも言える」
「口先だけじゃない。本気だ」
 かがりが、量るように三志郎を見た。
「不壊だって、最初は俺を信じてなかった……俺が、人間だか
ら。仕方ねェよな。お前たちから見れば、俺だって妖を苦しめ
てる連中の仲間だ。信じろって言われて、信じられるもんじゃ
ねェ。それは判ってる。
でも、だからこそ俺は逃げたくねェんだ。俺は人間だから、人
間がやっちまったことに、けりを付ける。それで、人間全部が
敵じゃないんだってことを、知って欲しいんだ」
「……綺麗事を言う」
「今は、そう思われてもいいよ。全部終わって、俺がお前の兄
ちゃんを連れて戻って来たら、そん時に信じてくれればいい」


                            (続く)



2008.5.21
鎌鼬三兄妹……うしとらではあんなことになってしまって、その
流れでか、妖逆門でも二人兄妹だったけど、やっぱり三人揃って
いて欲しいです。