江戸ポルカ U


〜20〜


「果たしたじゃないか」
「まだまだだよ。火魂ごときを操った程度で、いい気になるん
じゃない」
「何だと……!」
「強くなりたいんだろう?」
 修は、ぎしりと歯を軋らせ、押し黙った。両膝の上に置いた
拳が白く色を失い、震える。
 それをちらと見やり、正人は言い添えた。
「三志郎のように」
 弾かれたように立ち上がり、修は正人を睨み下ろした。肩が
上下している。
 正人も、修の目を見返した。もう笑みは消えていた。
 個魔二人は──やはり無言だった。ただ、それぞれに年若い
片割れの背中を、気遣わしげに見詰めている。
「帰る」
 くるりと修が踵を返した。唐紙に手を掛け、そこで立ち止ま
る。
 振り向くことなく、聞いた。
「お前の側についていれば、強くなれる。そうだったな」
「そうだよ。僕の言うとおりに撃符を使って、妖を操れるよう
になれば、ね」
「……判った」
 唐紙を開け、出て行く。無我が、正人とウタに黙礼し、後を
追った。
 唐紙が閉まる。と、正人が言った。
「無理かな」
 ウタが初めて、口を開いた。
「何が無理なの、正人?」
「里村さ。確かに頭もいいし、真面目な努力家だ。勝ち負けに
強くこだわる性質もいい。でも、あれでは勝てない」
「どうして?」
 正人はウタを振り向いた。
「お茶を淹れてくれる?」
 つっとウタは立ち上がり、正人の前に置かれた長火鉢から鉄
瓶を取り上げた。幾度か湯冷ましを通し、正人が飲みやすい熱
さの茶を淹れる。慣れた手元を見詰めながら、聞いた。
「あいつは、三志郎の名前を出されると顔色が変わる。どうし
てだと思う?」
 ウタは、少し考え、答えた。
「負けたくないから……かしら」
「それはどうして?何故、彼は三志郎に負けたくないんだろ
う?」
「何故って……」
「里村修は与力の息子、片や、三志郎は一介の町人だ。身分だけ
じゃない。学問にしても武芸の心得にしても、はるかに里村の方
が上をいっている筈だ。なのにどうして、あいつは三志郎にこだ
わるんだろう?」
 ウタはまた考え込み、今度は「判らないわ」と頭を振った。
「清って巫女のためさ。あの子に認めてもらいたい、だから、
同じく巫女の友達である三志郎と自分とを引き比べて、自分が
劣っているのが許せないんだよ」
「それではいけないの?好きな誰かのためだとしても、強くな
りたいという気持ちは同じでしょう?」
「『強くなりたい』だけならいい。単純にそれだけを願う人間は、
そのためにどんなことだってするからね。物事の善悪なんてのは、
二の次だ。
でも、里村の場合はそうじゃない。認めて欲しい女の目を気に
する、世間における自分を気にする。火事を起こしたのが自分だ
と知られるんじゃないかと、びくびくしていただろう?」
「つまり、心が弱いということ?」
 正人は頷いた。
「『誰かのため』なんて、無駄な足枷だ。そんなものに囚われて
いるようじゃあ、戦には勝てない」
 勝てないと口にしながら、自分が楽しんでいることに正人は
気付いた。
 全ての駒が揃っていたのではつまらない。逆境を引っ繰り返
すからこそ、戦は面白いのだ。
「さて……どうしようかね」
 問い掛けではないことを知っていたのだろうか。ウタは応え
ず、ただ、正人の傍らで目を伏せた。


                            21に続く



2008.5.8
修が情けない感じですみません(汗)
ところで兄ちゃん、「一介の」とか酷い言われようですな…。
正人様は常に上から目線です。