江戸ポルカ U


                 〜19〜


 眠りに落ちた時同様、目覚めも唐突にやって来た。
 急速に水面に浮かび上がるような感覚と、鼻をくすぐる、嗅
ぎ覚えのある香の匂い。
 身じろぎ、自分が二本の腕で抱かれていることに気付いた。
 顔を押し付けていたのは、瓢屋の古くて固い枕ではなく、襦
袢の胸元だった。乳房がないから柔らかくはないが、温かくて
心地良い。
「……不壊?」
 渋い瞼を上げる。眩しい。
 思わず目を閉じた。
 日が高いのだ。──と、いうことは。
「やべェ!」
 三志郎は、跳ね起きた。
 止まっていた思考が、一気に回り出す。
「日野屋が焼けて、亜紀が妖に襲われて……いや、その前に清
が……轟神社が……」
 呟きながら記憶を手繰っていると、
「考え事なら、とりあえず、どいてくれねェか?」
体の下から声がした。
「不壊!」
 三志郎は、一間(約1.8メートル)ばかりも飛び退った。
 起き上がった不壊は、黒い襦袢姿だった。何事もなかったよ
うな顔をしているが、三志郎はいたたまれない。
 いつの間に脱がせてもらったものか、三志郎は下帯一本、裸
同然の格好だった。健康な男子らしく膨らんだ部分を、引き寄
せた夜具で隠す。
 以前にも、これと似たような状況があった。阿片中毒で
ぶっ倒れた時だ。
 あの時も、気が付いたら裸で不壊と寝ていた。
 それから──。
 また下帯の内側が膨らみそうになって、慌てて三志郎は頭を
振った。今は、そんなことを考えている場合ではない。
 ぴしゃりと自分の顔を両手で引っぱたき、三志郎は尋ねた。
「俺、どれくらい寝てた?」
「半刻ってとこだ。意外に早起きだな、兄ちゃん」
 ここに来る途中で、朝六つの鐘が鳴ったから、今は六つ半ご
ろということか。
 それにしては、と、三志郎は首を傾げた。
 そろそろ寝井戸屋も起き出す頃だろうに、先刻から人の声は
おろか、物音一つ聞こえない。
 一番の稼ぎ時だというのに、行商人の物売りの声がしないの
も、妙だった。
 不審そうな三志郎の様子に、不壊が頷く。
「人払いの結界だ」
「結界?まさか、またあいつらが……!」
「華院じゃない」
首を横に振った。
「俺がナミを通して、巫女の嬢ちゃんに頼んだんだ」
「清に?どうして、そんなことを?」
「ここが、狙われるからさ」
 誰に、とは、不壊は言わなかった。だが、三志郎には判った。
 正人に、だ。
 清を襲い、亜紀を襲って、今度は三志郎の元へ現れようとし
ているのか。
 不壊が言った。
「もうすぐ、江戸中の妖がいなくなる。かろうじて残っていた
連中も、今ごろは妖怪城へ移動している筈だ」
「妖が皆?ってことは……」
「残る妖は、俺一人だ。須貝正人が操っている妖は、妖の匂い
に反応して出て来るからな。標的は判り易い方がいいだろ」
 三志郎は、愕然とした。
「不壊!お前、自分が囮になるつもりか!」

                            (続く)



2008.4.9
不壊に胸がないのを、それはそれで良いと思っている三志郎(笑)
原作のホンモノっぽい三志郎に対して、アニメの三志郎はバイセク
シャルっぽいと思うのですが、どうですか。
ちなみに、前回アップした分を、少し直しました(汗)