江戸ポルカ U


〜2〜


 須貝正人の願いはただ一つ。『天性の撃符使い』と彼が認めた
三志郎を相手に、妖を使った本物の戦をすることだった。
 そのために、正人は妖を集めていた。重馬の撃符の半分は、
今なお正人の手元にある。今回の火事で消えた妖たちも、おそ
らくは撃符に閉じ込められ、正人の手持ちとなったのだろう。
 つまり、正人は着々と、三志郎との決戦に向けて、準備を進
めているのだ。
「どうやら、再会の日は近そうだな」
 盃を空けたギグの横で、
「不壊」
雷信が頭を下げた。膳の上の盃には、全く手が付いていない。
「不肖の身ながら山里に棲む妖たちを束ねる者として、このと
おり、お頼み致す。どうか、貴方と貴方が見込んだ人間の力を
貸して頂きたい。姥ガ火たちを、連れ戻したいのだ」
「……お前はともかく、かがりがいい顔をしないだろう」
 雷信の妹・かがりは、妖を脅かす存在として、以前から人を
毛嫌いしていた。人を片割れとする不壊たち個魔のことも、妖
の裏切者と呼んで憚らない。
「かがりには、私がよくよく言って聞かせます。あれも、妖を
心配する気持ちは同じなのですから」
 畳に両手をついたきり、雷信は顔を上げようとしない。
不壊は小さく溜息を吐いた。
 頼まれるまでもなく、元からそのつもりだった。
 正人を止められるのは三志郎しかいない。そして、ウタを逃
がしたのは不壊の責任だ。いずれにせよ、知らぬ存ぜぬで通せ
るとは思っていない。
 ──ただ。
「迷っているのか?」
 静かにギグが切り込んで来て、不壊はそちらに目を向けた。
「三志郎を、巻き込みたくないか」
 漸く頭を上げた雷信が、訝しげにギグを、次いで不壊を見た。
雷信は、直接には三志郎を知らない。先の妖失踪事件の顛末を
聞き知っているだけだ。
「そうじゃねェよ」
 不壊は首を振った。
 確かに、一度は逃がそうと思ったこともある。だが、三志郎
は戻って来た。三志郎の胆は、とうに決まっていたのだ。
 須貝正人を止める。
 囚われた全ての妖を解放する。
 そのためなら、正人の望む戦いも、三志郎は迷わず受けて
立つだろう。
「どうするかは、兄ちゃんが決めることだ。俺は、兄ちゃんを
信じて付いて行くだけさ」
「それにしては、浮かない顔をしているじゃないか。気になる
ことでもあるのか?」
 応えず、不壊は立ち上がった。
 窓に寄り、冬障子を開ける。途端に、さっと冷たい外気が入
り込んで、火鉢と酒で温められた肌を冷やした。
 ひしめき連なる町屋の屋根を、澄み渡った冬の夜空が覆って
いる。視線を上げれば、白い半月が浮かんでいた。
 あの夜、空で輝いていたのは、月ではなく炎に包まれた妖だ
った。
 焔斬。
 撃盤も無しに、三志郎は焔斬を召喚した。誰にでも使いこな
せる力ではない。
 須貝正人の目は正しい。彼の言葉で言うなら、まさしく三志
郎は『天性の撃符使い』だ。
 妖を自在に操る力。
正人を食い止め、妖を連れ戻す力。
 だが、三志郎にもたらされるものがそれだけではないことを、
不壊は知っていた。


                             (3に続く)


2007.10.29
早速暗雲漂ってますね…Uは三不壊ペア、受難の日々です。
二人とも、頑張れ。
そして次は、久々にあの可愛い子ちゃんが登場です。


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